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第一章 scene18 感動メニュー

昼の営業が終わったあと。

まだ湯気が残る厨房で、サーヤとハルトは向かい合っていた。


テーブルの上には――


・すじ肉

・野菜

・香草の束

・まだ手をつけていない大鍋


そして、サーヤの胸にはひとつの野望。


 「“噛まなくていいのに、ちゃんと美味しい”煮込みを作りたいんだ」


サーヤの言葉に、ハルトは目を瞬いた。

「今の煮込み、固いか?」


「うーん、固くはないけど……普通」


ハルトは一拍黙って、それから――笑った。


「普通か。……うん、そうか。」


 まずはすじ肉。


サーヤが指示を出す。


「ぐらぐらに煮る前に、臭み抜き。でも煮すぎない。旨味まで逃げちゃうから」


ハルトは黙って鍋を扱いながら、横目で娘を見る。


(……こいつ、ほんと、いつからこんな料理人みたいな顔になったんだ)


すじを下茹でし、香味野菜を入れた鍋に移す

弱火で――


「ひたすら、待つ」


時間が流れる。


コト、コト、コト――

スープの表面が微笑むみたいに揺れる。


やがて。


サーヤがスプーンをすっと落とす。


沈む。

だが、底に着く前に――


スプーンは“やわらかさ”に抵抗なく通った。


「……触ってみて」


ハルトが箸を入れる。

そっとつまんで持ち上げると、


とろ……


少しの力で、ほぐれた。

ハルトの喉が鳴る。


スープをひとくち。

――まだ“ただ優しいだけ”の味。今までと同じ。


サーヤは眉を寄せる。

(これじゃ“ただ煮ただけ”……感動がほしい)


思い出す。


特別な日。

見ただけで、気持ちがあがるメニューがある。


「塩だけじゃ駄目。

“深く深く沁み込む味”にするんだよ」


ハルトが笑う。

「難しい注文するなぁ、お前」


思い出せ!デミグラスって作れたっけ?

ワイン、香草、トマトそれから…

甘味は?

深みは?



ふたりで、少しずつ少しずつ合わせていく。

何度も味を見る。


沈黙。


最後に、ハルトが静かにスプーンを置いた。



「…………これ、だな」

声が低く震えていた。


サーヤは小さく笑う。

「うん。これだね」


 

夜。まかないの時間。


白い湯気が立つ器。

とろけるすじ肉。柔らかい野菜。

スプーンだけで全部食べられる。


ひとくち。

――温かい。


舌じゃなくて。

胃じゃなくて。


胸の奥が。


 


ハルトがぽつりと呟いた。

「とんでもないごちそうだな、でもあったかい」


サーヤの目が、ほんの少し潤んだ。


ああ、これが“スプーン亭の味”だ



サーヤ「名前、どうしようか」


ハルトは照れながら言った。

「……“やわらか煮込みシチュー”じゃ……地味か?」


サーヤはニヤリと笑った。

「いいじゃん。それでいい」


飾らない。

気取らない。


でも一度食べたら忘れられない。




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