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第一章 scene17 改装

朝。

まだ街が静かなうちに、「スプーン亭」の扉が開く。


「……よし。やるか」


ハルトが深く息を吸う。

その隣で、サーヤがキラキラした目で頷いた。


「今日中に仕上げたいからね!“スプーン亭、ちょっと変わったな”って言われるくらいにしよう!」


二人は目を合わせ、拳を軽く合わせた。



まずは――客席。


椅子はまばらで、古くて重たい。

机もくすんで傷だらけ。

暗い木の色が、店全体の空気を沈ませていた。


サーヤは椅子の背を撫でる。

これ、昔はきっと温かい店だったんだろうな


でも、今は疲れた思い出みたいに見える。


「父さん。椅子、入れ替えよう。

背もたれ低めで、軽くて、座りやすいやつ」


「……お金、あんまり使えないぞ?」


サーヤはニッと笑う。


「だから、“捨てて新しいの”じゃなくて生き返らせるの!」


古い椅子と机。

磨く。

削る。

布を張り替える。

欠けたところには軽くパテを入れる。


近所の常連の大工のおじさんが手を貸してくれた。

「店、変わるなら手伝ってやるか」と、渋い顔のまま、でも口元は少し笑っていた。


ランタンの位置も少しだけ上に。

光が広がるだけで、空間が柔らかくなる。


 

ハルトがぽつり。

「……明るいな」


それは木漏れ日みたいな声だった。


外の看板は色あせ、店名も読みにくい。


サーヤは外に腰を下ろし、炭でざっくりと線を引く。


「――見せたいのは安心感と優しさでしょ?」


丸みのある文字で、【スプーン亭】

あったかごはん、あります


通りがかる人が思わず立ち止まる、そんな言葉。


横では、新しいメニュー板を仕上げる。


難しい料理名は禁止。

値段は分かりやすく。

“おいしい情景”が浮かぶ言葉に。


◆ とろけるロールキャベツスープ

◆ ぐつぐつ煮込みの肉と豆

◆ ほっとするポテトのグラタン

◆ ちょい飲み小皿 3種盛り


サーヤの指先が止まらない。

「“食べてみたい”って思わせたら勝ちだからね!」


 仕上げは――厨房。


壁を少しだけ抜く。完全に見せるんじゃなくて、

“ちらっと中が見える”くらい。


油のこもった空気が、外へ抜ける。

サーヤは厨房の真ん中を指さす。


「ここ、通路確保。

鍋はこっち。

切る台はここ。

調味料は――ここが“定位置”。」


ハルトは思わず笑った。

「軍隊みたいだな……」


「違うよ」サーヤは胸に手を当てた。

「わたしたちが毎日戦う“戦場”だよ」


父は一瞬黙って、それから照れくさそうに笑った。


「じゃあ……司令官、よろしく頼む」


サーヤは笑顔で敬礼した。


夕方。ランタンに火が灯る。


以前より少し明るい店内。

清潔な木の匂い。

外の看板に留まる視線。

キッチンの向こうで動くハルトの姿が、ほんのり見える。


“安心して入っていいお店”の空気。

サーヤは、そっと胸に手を当てた。


扉のベルが鳴る。


一人。

また一人。


「お?変わったな」

「明るくなったな」

「入りやすくなった」

「ほう……ええ匂いやないか」


みんな、ちょっと嬉しそうな顔で席に着く。


ハルトが鍋を振る。

サーヤがお皿を運ぶ。


温かい湯気。

笑い声。

静かな、でも確かな満席。


サーヤは視線を上げる。


スプーン亭の、ほんとうの物語が始まった。

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