第十一章 scene12 止まる
クルスとテッドの店が軌道に乗ったことで、
街の空気は、ほんの少しだけ変わった。
大きな変化じゃない。
誰かが声高に「危ないぞ」と叫んだわけでもない。
ただ――
引っかからなかった人間が、静かに増えた。
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サーヤは、カウンターの内側でコーヒーを淹れながら思う。
(この世界には、携帯もない)
(SNSも、拡散も、炎上もない)
情報は、人の口から人の口へ。
顔と顔を合わせて、少しずつ。
前の世界より、ずっと遅い。
でも――ずっと現実的だ。
「早く広がらない」ことは、
「嘘が一気に飲み込まれない」ことでもある。
(……そこが、あの人たちの誤算かも)
⸻
クルスとテッドは、派手なことはしていない。
ただ、言い続けている。
「うまい話は、うまくできすぎてる」
「困ったら、あのカフェに行け」
「一人で決めるな」
それだけ。
そして、実際に――
「ちょっと聞いてほしい」
そう言って、誰かを連れてくる。
カフェの扉が開く。
鈴が鳴る。
コーヒーが出る。
話す。
整理する。
一度、冷える。
そのあとで、
「やめときます」
そう言って帰る人が、増えていった。
⸻
サーヤは、毎回同じことをする。
話を遮らない。
否定しない。
煽らない。
ただ、条件を並べ直す。冷静に現実に戻していく。
「ここが曖昧だよ」
「ここが後出しになる可能性があるかも」
「ここで責任があなたに戻るよ」
それだけで、十分だった。
レオンは、静かに騎士団へ伝える。
「また一件」
「この仲介です」
情報は、溜まっていく。
表には出ない。でも、確実に。
⸻
うまくいかない。
黒幕は、それに気づき始めていた。
金は集まっている。
だが、広がりが鈍い。
「妙だな」
側近は、報告書を閉じる。
港の倉庫。
空き店舗。
投資話。
初動は、完璧だったはずだ。
(なぜ、途中で止まる?)
噂は出ている。
警戒も、されている。
だが、
「騎士団が派手に動いた」形跡はない。
(……誰かが、間で止めている)
人為的に。
静かに。
波を立てずに。
側近の脳裏に、あの店が浮かぶ。
昼下がり。
女と少年だけのカフェ。
目立たない。
だが――
「……あそこか」
最初に「使えそうだ」と思った場所。
だからこそ、余計に腹が立つ。
⸻
夜。
カフェは、いつも通りだ。
灯り。
カップ。
静かな会話。
サーヤは、帳簿を閉じて息を吐く。
(うまくいってる、とは言えない)
(でも……)
前の世界なら、
もっと速く、もっと派手に、飲み込まれていた。
でも、ここでは違う。
一人ずつ。
顔を見て。
話して。
止まる。
(地味だけど)
(こういうやり方も、ある)
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その頃。
黒幕側は、次の手を考えていた。
「潰すか?」
「巻き込むか?」
「無視するか?」
側近は、ゆっくり首を振る。
「……どれも違うな」
「まずはもう一度、中身を知る、か」
視線が、細くなる。
「もしかして、あっち側のやつが俺以外にいるのか」
俺より先に、この世界に“馴染んだ”誰かが。




