第十一章 scene11 打ち上げ
その日の夜のカフェの灯りは、いつもより少しだけ明るかった。看板は裏返し。扉には「本日終了」の札。
テーブルをくっつけただけの簡単な席。
豪華な料理はないけれど、匂いだけで分かる。
――サーヤが本気だ。
「はい、今日はおつかれさま!」
大皿が、どん、と置かれる。
焼き野菜。
香草たっぷりの肉。
パン。
そして、鍋いっぱいのスープ。
「……これは」
テッドが目を丸くする。
「反省会じゃないからね」
サーヤは笑った。
「ちゃんと“お祝い”」
「開店初日、無事終了」
「それだけで、十分でしょ」
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クルスとテッド、カイ。
店を貸すのに口を利いてくれた常連の男。
物件オーナーの初老の女性。
そこへ、少し遅れて。
「失礼する」
ルカとガルムが顔を出した。
「……来ると思ってた」
レオンが言うと、
「匂いがな」
ガルムが即答する。
「それは嘘でしょ」
サーヤが笑う。
「ちゃんと声かけたじゃない」
ルカは、少し照れたように頷いた。
「今日は、おめでとうございます」
「ありがとう」
クルスは、真っ直ぐに頭を下げた。
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グラスが配られる。
「今日はこれで」
軽く、杯を合わせる。
「おつかれ!」
音が重なり、場がほどけた。
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最初は、他愛もない話だった。
「列、途切れなかったな」
「売り切れ早すぎだろ」
「明日は仕込み倍だな」
笑い声。
疲れた顔。
でも、どこか誇らしげ。
カイは、スープを飲みながらぽつりと言う。
「……楽しかったです」
「だろ?」
テッドが、ぐしゃっと頭を撫でる。
「現場はこうじゃないとな」
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少し落ち着いた頃。
クルスが、ふっと息を吐いた。
笑顔のまま、でも声は少し低い。
「……街、変わってきてるな」
その一言で、空気が変わる。
「港の屋台仲間さ」
クルスは、グラスを見つめたまま続ける。
「今日、来なかっただろ」
テッドが、察したように黙る。
「……話、乗っちまったらしい」
サーヤの手が、止まる。
「倉庫の?」
「たぶんな」
クルスは頷いた。
「“今だけ”ってやつ」
常連の男が、眉をひそめる。
「もうそんなに、出回ってるのか」
「早ぇよ」
ガルムが低く言う。
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「止めたかったんだがな」
クルスは、悔しそうに言う。
「俺が言うと、商売敵の妬みに聞こえる」
サーヤは、ゆっくり言った。
「……それが、一番厄介」
「正しいことほど」
「言う人間で、歪んで聞こえる」
オーナーの女性が、小さく息を吐く。
「やっかいな時代になったものだね」
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一瞬、沈黙。
でも、沈みすぎない。
レオンが言う。
「だから、今日のここみたいな場所が要る」
「集まって」
「飯食って」
「顔見て話す場所」
ガルムが頷く。
「噂が一人歩きする前にな」
ルカは、クルスを見る。
「何かあれば」
「騎士団としても、動きます」
「……ありがたい」
クルスは、素直に言った。
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サーヤは、全員を見回してから言う。
「今日のところは、ここまで」
「怖がりすぎても、前に進めない」
「でも、知らんふりもできないよね」
少しだけ、笑う。
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夜。
騎士団詰め所の一室には、灯りがひとつだけ点いていた。
地図が広げられている。
港。倉庫街。最近人の出入りが増えた通り。
「……ここもか」
低い声で言ったのは、詰め所付きの騎士だった。
「今朝の見回り報告だ」
「港の倉庫、3件」
「名義の確認中に、同じ仲介の名前が出てる」
向かいの騎士が眉を寄せる。
「偶然じゃないな」
これまでも、違和感はあった。
儲け話。
合法を装った契約。
だが――どれも単体では、動く理由にならなかった。
「被害は?」
「今のところは、表に出ていない」
「だが」
別の騎士が続ける。
「例のボヤで港の屋台が場所を失った件と、動きが重なっている」
空気が、少し変わる。
「……点が、つながり始めたな」
ガルムが、腕を組んだまま言った。
昼間よりも、表情が硬い。
「これまでは違和感で済ませていたが、
もはや一段階上だ」
ルカが、静かに頷く。
「領主代替わりの浮ついた雰囲気の隙を狙っている」
「そう考えた方が、辻褄が合います」
誰かが、短く息を吐いた。
「混乱」
「……教科書通りだな」
沈黙。
書類の端を、指で叩く音だけが響く。
「どうする?」
若い騎士が聞いた。
ガルムは、即答しなかった。
だが、はっきりと言った。
「まだ派手に動ける段階ではないな」
「だが」
ルカが言う。
「何も起きていないふりも、もう終わりです」
ガルムは、視線を上げた。
「……ああ」
「見回りを増やそう」
「倉庫と、入れ替わりの激しい飲食に絡む契約を先に洗う、あと街の空き店舗もだ」
「噂話は、全部拾え」
「あと」
一瞬、間を置く。
「市井の噂が集まる場所」
「そこは、注意して見ておけ」
ルカは、すぐに理解した。
「あのカフェ、ですね」
「そうだ」
「情報が集まるかもしれん」
誰も異論を挟まなかった。
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詰め所の外。
夜風が、少し冷たい。
ルカは、空を見上げて思う。
(もう、見逃せないところにきている)
街は、今日も静かだ。
どうか平和なままで。




