第十一章 scene2 下見
昼下がり。
祝賀の余韻が、街のあちこちに残っている時間帯。
人の流れはあるが、どこか浮ついている。
「……ここ、どうだ?」
男は足を止めた。派手さのないカフェ。
通りから少し外れ、視線が集まりにくい。
「普通だな」
連れの男が言う。
「だからいい」
もう一人が答える。
「目立たないし、人の出入りも自然だ」
鈴が鳴る。
チリン。
「いらっしゃいませ」
店内には、女と少年だけ。
昼のこの時間にしては静かだ。
(人が少ないな)
3人は、何気なく席に着く。
「コーヒー3つ」
「あと、何か軽いもの」
「はい」
少年――カイが、素直に応じる。
慣れているが、警戒はない。
男は、カウンターの奥をさりげなく観察する。
裏口は?
物置は?
二階はあるか?
(……使えそう、ではある)
女性――サーヤは、淡々と作業している。
愛想を振りまかないが、拒絶もしない。
「ここ、長いの?」
男は、立ち上がってカウンターに近づく。
軽い雑談のつもりで聞いた。
「えぇ、そこそこ」
サーヤは、曖昧に答えた。
連れの女が、低い声で言う。
「儲け話、持ち込んだらどうなると思う?」
「たぶん」
男は小さく笑う。
「一回、コーヒー出されて終わりかもな」
「乗らない?」
「即断はしなそうだ。バカではなさそう」
男は、少し考える。
(アジト?)
(……悪くはないが)
コーヒーが運ばれてくる。
「どうぞ」
味を確かめる。
悪くない。
「……静かだな」
連れが言う。
「静かすぎる」
男は答える。
「“何かあったら集まる場所”には向かない」
女が肩をすくめる。
「じゃあ、外れ?」
「いや」
男は、カップを置いた。
「ここは」
「“何も起きてないふりができる場所”だ」
「使うなら最後だな」
それ以上は話さない。
会計を済ませ、自然に立ち上がる。
「また来る」
軽い男が言う。
サーヤは、淡く頷いた。
「どうぞ」
鈴が鳴る。
チリン。
扉が閉まる。
少しして、カイがぽつりと言った。
「……さっきのお客さん」
「うん」
「なんか、見られてた気がします」
サーヤは、カップを拭きながら答えた。
「そう感じたなら、覚えておこう」
「でも」
少しだけ笑う。
「今日は、何も起きないよ」
カイは、少し安心したように息を吐いた。
外では、街がいつも通りに動いている。
祝賀の音。
人の笑い声。
その裏で、
「ここは使えるかどうか」
そんな軽い判断だけが、静かに下された。
3人が通りの向こうへ消えていくのを、
少し離れた場所から、レオンは見ていた。
買い物袋を肩にかけたまま、立ち止まる。
(……今のは客か?)
服装は地味。
歩き方も普通。
騒がしくもない。
でも――
レオンは、視線を細めた。
店に戻る。
鈴が鳴る。
チリン。
「おかえり」
サーヤが言う。
「今、誰か来てたか?」
「うん」
サーヤは、カップを伏せながら答える。
「3人」
「コーヒー飲んで、すぐ出ていった」
カイが付け足す。
「なんか、見られてる感じがしました」
レオンは、少しだけ眉を上げる。
「ほう」
「変なことは?」
「話とか、匂わせとか」
「ううん」
サーヤは首を振った。
「雑談だけ」
「でも……」
一拍、間を置く。
「値踏みはされてるみたいだった」
レオンは、袋を置いた。
中身が軽く音を立てる。
「……来たかもな」
カイが、不安そうに聞く。
「悪い人、ですか?」
「まだ、分からん」
レオンは正直に言った。
「少なくとも本命じゃないだろ」
「本命?」
「本気で動く前の下見」
「ここで儲け話ができるか」
「溜まり場にできるか」
「それとも“ただの店”か」
サーヤは、静かに頷く。
「たぶん、ただの店だって判断したと思うけど」
レオンは、少し笑った。
「ここはな」
「悪いことするには、向いてないさ」
サーヤは、ふっと息を吐く。
「……それ、褒め言葉?」
「ああ」
「最高に、な」
少しの沈黙。
外では、祝賀の音が続いている。
明るい声。
浮かれた足音。
レオンは、最後にぽつりと言った。
「ただな」
「“使えない”って判断された場所ほど」
「後で、邪魔になることもある」
サーヤは、視線を上げた。
「…ここにも…来る?」
「来るかもしれないし」
「来ないかもしれない」
肩をすくめる。
「だから」
「今まで通りだ」
カイが、小さく笑う。
「コーヒー、ちゃんと淹れます」
「それでいい」
サーヤは、カウンターを拭いた。
いつもと同じ動作。
いつもと同じ場所。
――けれど。
誰かの目に留まったかもしれない。




