第十二章 プロローグ
朝の詰め所は、いつもより早く目を覚ましていた。
鎧が擦れる音。
革紐を締め直す音。
誰かが欠伸を噛み殺す気配。
「……今日は、カフェは無理だな」
ガルムが、剣を腰に結びながら言った。
「そうですね」
ルカは、いつもの時間に身体が反応しかけてから、ふっと息を吐いた。
この時間なら、あの店ではパンが焼き上がって、
サーヤがコーヒーを淹れている頃だ。
でも今日は違う。
「領主代替わりのお披露目だ」
ガルムが淡々と続ける。
「祝賀会に、行進、来賓対応」
「一日仕事だ」
「……はい」
ルカは頷いたが、少しだけ視線を落とした。
「新しい領主様、どんな方なんでしょうね」
「さあな」
ガルムは肩をすくめる。
「息子になるんだから若いだろうがな」
「改革派だとか、効率重視だとか」
その言葉に、ルカはわずかに眉を寄せた。
「効率、ですか」
「悪いことじゃない」
ガルムは即座に言う。
「だが――」
一瞬、言葉を切る。
「街は、人でできてる」
「数字だけじゃ、測れねぇ」
ルカは、その言葉を胸の中で転がした。
どこかで、最近聞いた感覚だ。
コーヒーの味。
朝の空気。
人の表情。
「……街の空気、変わりますかね」
ルカが言うと、ガルムは少しだけ真剣な目をした。
「変わるだろうな」
「代替わりってのは、そういうもんだ」
外では、祝賀の飾り付けが進んでいる。
旗が揺れ、人が行き交い、馬車が増えていく。
華やかで、前向きで、希望に満ちている――
はずの朝。
なのに。
「……静かすぎるな」
ガルムが、ぽつりと漏らした。
ルカも同じことを感じていた。
騒がしいのに、落ち着かない。
明るいのに、冷たい。
「今日は、無事に終わればいいですね」
ルカの言葉に、ガルムは短く笑った。
「騎士の朝らしい願いだな」
二人は並んで歩き出す。
詰め所を出て、祝賀会場へ向かう道。
その途中――
いつもの角を曲がれば、あのカフェがある。
ルカは、無意識にそちらを見た。
扉は、まだ閉まっている。
(今日は、行けないな)
そう思いながらも、胸の奥に小さな引っかかりが残った。
――この街は、これからどう変わるのか。
――変わる中で、守れないものは何か。
その答えを、
まだ誰も知らない朝だった。




