第十一章 scene15 男同士
夜の酒場は、ほどよく騒がしかった。
木のカウンターと低い天井。
笑い声と、グラスの触れ合う音。
レオンは、先に席についた。
ルカに無言で杯を一つ押し出す。
「……ありがとうございます」
「堅ぇな」
レオンは笑った。
「今日はいいだろ」
ルカは一瞬迷ってから、頷く。
「……そうですね」
乾杯もなく、まず一口。
強い酒が喉を焼く。
ルカは少しだけ顔をしかめた。
「強いですね」
「頭冷やすには、ちょうどいい」
しばらく、言葉はない。
でも、気まずくはなかった。
やがて、ルカが口を開く。
「……あなたは」
「最初から、分かっていたんですね」
「まあな」
「俺が、振られるって」
レオンは、鼻で笑った。
「振られた、って言い方は違うだろ」
ルカは、黙った。
「……悔しくないと言えば、嘘になります」
「そりゃそうだ」
「でも」
ルカは、グラスを見つめたまま言う。
「納得は、しています」
「彼女は……強い人ですね」
レオンは、そこで少し真顔になる。
「そこだな」
「逃げねぇ女なんだ」
「だから、周りの男が勝手に本気になる」
ルカは、苦く笑った。
「……厄介ですね」
「だろ?」
そのとき。
「おい」
後ろから、聞き慣れた低い声。
振り返ると、ガルムが立っていた。
鎧は脱いでいるが、雰囲気は相変わらずだ。
「……なんで、二人で飲んでる」
レオンが、間髪入れずに言った。
「失恋会」
「は?」
ルカが、思わず咳き込む。
「ちょ、ちょっと……」
ガルムは、状況を一瞬で察したらしい。
「……なるほど」
そして、何も言わずに椅子を引いた。
「俺も混ぜろ」
「いいのかよ」
ガルムは、酒を受け取りながら言う。
「男同士も楽しそうだ」
三人で、杯を合わせる。
今度は、ちゃんと。
⸻
酒が進むにつれ、空気が緩む。
「で?」
ガルムが言う。
「本当に、結婚申し込んだのか」
ルカ
「……あぁ」
レオン
「勇者だよな」
「やめてください……」
ガルムは、少し笑った。
「でも悪くなかったよ」
「……?」
「覚悟があった」
「だから、引き際もきれいだ」
ルカは、目を伏せた。
「……強がってるだけです」
レオンが、グラスを傾ける。
「それでいいだろ」
「強がれない男は」
「守るとか言う資格ねぇ」
ガルムは、ふっと鼻で笑った。
「意外と、気が合うな」
「だろ?」
ルカが、ぽつりと言う。
「彼女は、幸せですか」
「ああ」
「間違いなくな」
その言葉に、
ルカは、ようやく肩の力を抜いた。
「……それなら」
「しばらくは、騎士と客でいます」
ガルムは、肩を叩く。
「しばらくな」
「好きなら」
「距離を守れるのも、男だ」
レオンは、にやっと笑った。
「お、いいこと言うじゃねぇか」
「言ってねぇ」
三人、笑う。
酒は、二杯目に入っていた。
最初の緊張はもうなく、グラスの減りも早い。
ガルムが腕を組んだまま言う。
「……で」
「さっきから思ってたが」
「お前」
レオンを見て。
「随分、あの店主に詳しいな」
レオンは、悪びれずに笑った。
「そりゃそうだ」
「毎日一緒に生きてるからな」
「生きてる?」
「生活、って言った方がいいか」
ルカが、少し驚いた顔をする。
「……同居、ですか」
「同居っていうか」
レオンは、少し考えてから言う。
「はちゃめちゃ共同生活」
「はちゃめちゃ?」
「聞きたいか?」
「覚悟しとけよ」
ガルムとルカ、同時に頷いた。
⸻
レオン
「お前らな」
「そもそもサーヤのこと、誤解してるぞ」
ガルム
「ほう?」
ルカ
「……誤解?」
レオンは、杯を置いた。
目が、ちょっと楽しそうになる。
「今でこそ、ちょっとは、落ち着いたように見えるが、あいつは…」
これまでのはちゃめちゃエピソードを、少々大袈裟に披露するレオン。
驚きと笑いと、ツッコミと。
男同士の夜がふけていく。
ルカが言う。
「やっぱりサーヤさん、いい女だなぁ」
レオンも、ガルム笑いながらも頷く。
それからどうでもいい話。
酒の失敗。
騎士団の愚痴。
カフェの裏話。
気づけば、ずっと笑っていた。
帰り際。
店の外で、レオンが言う。
「……なあ」
ルカとガルムが、足を止める。
「また、飲むか」
ルカは、少し間を置いてから、笑った。
「……はい」
ガルム
「俺も来る」
「当然だろ」
それは、約束というより、
自然な流れだった。
⸻
それから。
ルカとレオンは、
時々、夜に酒を飲む仲になった。
サーヤの話もする。
しない日もある。
恋の話は、しない。
でも、否定もしない。
ただ。
同じ人を、
違う場所から大事にしている。
そんな、不思議で心地いい距離。




