第十一章 scene7 距離
作業場の明かりは、夜になると少し黄色い。
工具の影が、壁に伸びている。
昼間は気にならない音が、夜だとやけに大きい。
(……正直)
サーヤの中身は、もっと大人だ。
前世だなんだって話を抜きにしても、
判断も、覚悟も、腹のくくり方も。
だから――
今日みたいなことがあっても、
「大丈夫だろ」って、どこかで思ってた。
(でもさ)
ここでの見た目は、どう見ても二十歳そこそこの女の子だ。
外から見たら、
守られる側。
庇われる側。
巻き込まれやすい側。
(……うん)
どうしたもんだ、これ。
俺が守る?
いやいや。全部は無理だろ。
笑えるくらい、無理だ。
剣も持てないし、騎士団みたいに駆けつけられるわけでもない。
(……今日の騎士たち)
あの二人。
特に、片方。
サーヤに気がある。
たぶん、本人もまだ自覚が浅い。
でも、目で追ってる。
立ち位置が違う。
守ってくれるなら、まあ……いい。
……いい、のか?
(どっから目線だよ、俺)
俺とサーヤは、男とか女とか、そういう関係じゃない。
戦友?
相棒?
いや……それより近いな。
家族、に近い。
一緒に飯食って、
一緒に働いて、
一緒にこの生活を作ってきた。
俺たちは、
誰かに守ってもらうために生きてるわけじゃない。
この生活を、守っていきたいだけだ。
静かな朝。
カウンター越しの会話。
コーヒーの香り。
帰ってくる場所。
それが壊れなきゃ、それでいい。
(……でも)
サーヤは、どうなんだ?
こっちの世界で、
普通に恋をして、
結婚して、
子どもが欲しいって思うのか?
それを望むなら、
俺は止める立場じゃない。
むしろ、応援する側だ。
たぶん、そう。
工具を置いて、息を吐く。
守るとか、守らないとか。
立場とか、距離とか。
正直面倒だ。
答えが出ないまま、
時間だけが、ちゃんと進んでいく。
でも――
今はまだ。
明日も、店を開けて、
コーヒーを淹れて、
サーヤがそこにいればいい。
それでいい。
……たぶん。
詰め所の灯りは、夜になると白い。
昼間の喧騒が嘘みたいに静かで、
剣の手入れをする音だけが、一定の間隔で響いている。
――あの二人が、帰っていくのを見送ったあと。
馬車に乗る彼女。
その横に、自然に立つ男。
レオン。
名前は、聞いた。
呼び方も、距離も、全部が自然すぎた。
騎士として護衛する立場でもない。
店の仲間、だけではなさそうだ。
夫婦や恋人同士のようには見えないが、
一番近い場所に、当たり前みたいにいた。
(……なんだ、あれは)
剣を布で拭きながら、
ルカは、昼間の光景を何度も思い返す。
彼女は、詰め所から出てきて、
まっすぐ彼のほうへ走った。
不安を隠すでもなく、強がるでもなく。
「迎えに来た」という事実を、
そのまま受け取っていた。
(……信頼、か)
守られている、というより
一緒に立っている感じだった。
ガルムが、向かいで言う。
「……気になるか?」
ルカは、手を止めた。
「……」
否定しようとして、やめる。
「……正直に言えば少しな」
ガルムは、わずかに笑った。
「だろうな」
「……俺は、守る立場だと思ってました」
ルカの声は、低い。
「彼女は、守られる側で」
「俺たち騎士が、前に立つ存在で」
「……でも」
剣の刃に映る自分を見る。
「もう、誰かが立ってました」
ガルムは、黙って聞いている。
「俺が抜剣する前に」
「俺が駆けつける前に」
「……彼は、そこにいた」
守るために剣を持つ男。
生活を守るために場を作る男。
役割が、違う。
(……勝ち負けじゃない)
でも。
「なんか……悔しいです」
ルカは、正直に言った。
「俺は、あの人みたいに」
「彼女の“日常”には入れてない」
朝のコーヒー。
午後の静けさ。
店の灯り。
そこに、俺はいない。
ガルムが、低く言う。
「……だからどうする」
ルカは、すぐに答えなかった。
剣を鞘に収める。
金属音が、静かに鳴る。
「……焦らない」
そう言ってから、
自分に言い聞かせるように、続ける。
「彼女はきっと、誰かに守られたい人じゃない」
「隣に立つ相手を自分で選ぶ人だ」
だから――
「俺は、俺の場所で」
「ちゃんと立つ」
ガルムは、満足そうに頷いた。
「それでいい」
(またとんでもなくハードルの高い女に惹かれたもんだ)
詰め所の灯りが、少し落ちる。
ルカは、目を閉じた。
(……明日も)
朝になったら、また、あの店に行こう。
コーヒーを飲む。
言葉を交わす。
それだけでいい。
でも。
(……あの男を、知らないままではいられない)
そう思ってしまった時点で、
もう一歩、踏み込んでいるのだと。
ルカは、まだ気づいていなかった。




