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第十一章 scene5 眼福

朝のカフェ。


いつもより、ほんの少しだけ早い時間。

パンの焼ける匂いと、コーヒーの湯気が、まだ静かな店内に満ちている。


サーヤはカウンターの内側で、ミルを回していた。


チリン。

扉の鈴が鳴る。


「いらっしゃいませ――」


言いかけて、サーヤは一瞬、目を瞬いた。


入ってきたのは、フードを深めに被った2人組。

明らかに様子がおかしい。


ひそひそ。

きょろきょろ。


(……?)

サーヤは声をかける。

「……おはようリオとライラさん、今日は朝からどうしたの?そんな格好で」


リオ

「あ、もうバレた!えっと……」

「その……」


ライラが、間髪入れずに小声で叫ぶ。


「やーん!」

「本当にいる!」


サーヤ

「……は?」


ライラは、リオの腕をぎゅっと掴む。

目線は、一直線に奥の席。


そこには――

いつも通り、ルカとガルム。


揃ったマント。

静かな佇まい。

そして、相変わらず落ち着いた空気。


ライラ

「ね、ね、ね!」

「リオ、あの人たちでしょ!?」

「噂のイケメン騎士!」


リオ

「ちょ、ちょっと……声……」


でも、ライラは止まらない。


「朝から眼福すぎない?」

「騎士って、やっぱり朝が似合うのね!」


サーヤは、ぽかん。


「……知り合い?」


リオ

「えっと……」

「その……見に来ただけです」


ライラ

「そう!」

「純粋な好奇心!」


(純粋……?)



2人は、できるだけ自然を装って、少し離れた席に座る。ライラは、メニューを開くふりをしながら、ちらちら奥を見る。


「……ねぇ」

小声。

「見て」


リオ

「なにを……?」


「ほら」

「イケメン騎士」


リオは、そっと視線を向ける。


ルカが、カップを手に取る。

一口飲んで、ほんの少しだけ表情が緩む。


その瞬間。


ライラ

「――やば」


リオ

「……え?」


「今の見た?あの顔」


リオ

「……普通、じゃないですか?」


ライラ

「なんか違うわ。そわそわしてる」


リオ

「!?」


ライラは、口元を押さえて、わくわくを隠さない。

「やーん!」

「イケメンの恋じゃない?!」


リオ

「こ、恋!?」


「絶対そう!」

「しかもさ」


ちらっと、カウンターを見る。

サーヤは、何も知らずにコーヒーを淹れている。


ライラ

「……相手、気づいてない」


リオ

「……あ」


ライラ

「最高じゃない?」


リオ

「……最高、ですね」


二人、顔を見合わせて、にやにや。



その頃。

サーヤが、二人のテーブルに来る。

「モーニングでいいの?」


リオ

「は、はい!あの食後にカプチーノでもいいですか?」


ライラ

「わたしも!」


サーヤ

「今日は、なんだか楽しそうね」


ライラ

「ええ!」

「朝って、素敵ですもの!」


(含みゼロ)


サーヤは気にせず、奥の席へ向かう。


「ルカさん、ガルムさん」

「いつも通りでよろしいですか?」


ルカ

「……はい」


声が、ほんの少し柔らかい。

ライラ、即座にリオの腕をつつく。


「ね?」

「声」


リオ

「……ですね」



ライラは、モーニングの後のを飲みながら、満足そうに息を吐いた。


「はぁ……」

「来てよかった」


リオ

「……目的、達成ですね」


「ううん」

ライラは、にやっと笑う。


「これからが本番よ」


リオ

「……サーヤさん、鈍そうですもんね」


「そこがいいの!」


二人、声を潜めて笑う。



サーヤは、まだ知らない。

今朝、一番楽しそうなのが、恋する騎士じゃなくて、

それを見守る少女たちだということを。


少女たちはサーヤのサービスのチョコパイを食べて、さらに楽しそうだ。



別の日の朝。


店内は、まだ完全には目覚めていない。

パンの焼ける匂いと、コーヒーの香りが、静かに満ちている。


ルカとガルムは、いつもの席。

カップを手に、言葉少なに朝を過ごしていた。


サーヤは、カウンターの内側で、ミルを回している。

その音が、一定のリズムを刻んでいた。


そのとき――


ガコン!

外から、強く、乾いた音。


馬車の車輪が石に乗り上げたような、

でも、どこか意図的な衝撃。


続いて、馬の荒い鼻息。

制御を失った気配。


「……?」


サーヤが顔を上げる。


ほぼ同時に、ルカの手が、カップから離れた。


次の瞬間。

ガシャッ!


金属が、石畳を叩く音。

そして――


「止めろ!!」

御者の叫び声。


一瞬で、空気が変わる。


ルカは、椅子を蹴るように立ち上がった。

音は最小限。でも動きは、迷いがない。


ガルムも同時に動く。


二人は、言葉を交わさない。

ただ、同じ方向を見る。


扉。

次の瞬間、開く。

鈴が、激しく鳴った。


チリン、ではない。

ガランッという、乱れた音。


騎士たちは、外へ飛び出す。


マントが翻り、剣に手がかかる。

店内に、ざわめき。


「なに……?」

「外……?」


サーヤは、すぐにカウンターから出た。

「まさか、ライラさんの馬車…」


馬車が店の前で止まっていた。


――正確には、無理やり止められていた。

中の様子はわからない。


馬の手綱を引く御者。

馬車の側面に寄る、黒い影。


「離れろ!」


ルカの声が、はっきりと響く。


剣が抜かれる音。

一瞬の静止。


次の瞬間、ガルムが回り込む。

金属がぶつかる音。

短く、鋭い。


「――っ!」


低い呻き声。

影が、後ずさる。


さらに一人。

逃げるように走る足音。


「追うな!」


ガルムの声。

「まずはここを守ろう」


ルカは、馬車の横に立つ。

馬を落ち着かせるように、低く声をかける。


「大丈夫だ」

「もう、来ない」


馬の呼吸が、少しずつ整っていく。


その間に。

サーヤは、店の中から水を持って出ていた。


扉の外。

でも、馬車には近づきすぎない。


「こちらへ」

「ゆっくりでいいです」


ライラが、馬車から降りる。

足が、少し震えている。


リオが、すぐに支える。


「……ごめんなさい」

ライラの声が、かすれる。


サーヤは、首を振る。

「何を謝るの?」

「怪我、してない?」


ライラは、こくんと頷く。


御者にも、水を渡す。

「座れますか?」


「……はい、すみません……」


サーヤの手は、落ち着いている。

ひとつずつ、確認する。


騒ぎは、短かった。

でも、十分すぎるほど濃い時間だった。


やがて、

ルカとガルムが、戻ってくる。


剣は、鞘に収められている。


「未遂だ」

ガルムが言う。

「怪我人はいない」


サーヤは、胸の奥で息を吐く。


「……よかった」


ルカの視線は、無意識にサーヤを探していた。


彼女が、少女の肩に手を置き、

静かに声をかけているのを見て――

初めて、力が抜けた。


サーヤは、顔を上げる。


「ライラ……いらっしゃい。

 今日もいい日になるわ」


その言葉は、この朝一番、いちばん強かった。





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