第十一章 scene4 恋する男子
翌朝。
カフェの扉が開く音は、もう店の一部みたいになっていた。
チリン。
ルカとガルム。
いつも通りの時間。
いつも通りの席。
「いらっしゃいませ」
サーヤの声も、昨日までと変わらない。
コーヒーを運んできたとき、
サーヤはほんの一瞬だけ足を止めて、にこっと笑った。
「ルカさん、昨日は、ありがとうございました」
それだけ。
特別な含みもない単なる来店の礼。
本当に、自然な一言。
ルカは、わずかに瞬きをした。
「……いえ」
ガルムは、カップを手に取りながら片眉を上げる。
(昨日?)
ルカは、それ以上何も言わない。
サーヤも、いつも通りカウンターへ戻る。
朝の空気。
コーヒーの香り。
パンの匂い。
いつもと、同じ。
(……同じ、だよな)
ルカは、自分に言い聞かせるように、コーヒーを飲んだ。
⸻
詰め所。
鎧を外す音。
誰かが笑っている声。
いつもの、騎士団の朝。
ルカが椅子に腰を下ろすと、
真正面から、ガルムがじっと見てきた。
「……なあ」
低い声。
「昨日って、なんだよ」
ルカ
「……へ?」
「さっき、あの店主に言われただろ」
ルカは、ほんの一瞬だけ言葉に詰まる。
「……」
「『昨日はありがとう』って」
ガルムは、腕を組む。
「俺は、昨日」
「お前と一緒にいなかった」
周囲の騎士たちが、気配を察して耳を立てる。
「……で?」
ルカ
「俺は……休みだった」
「知ってる」
「午後に」
ガルムが、間を詰める。
「何してた?」
ルカ
「……コーヒーを、飲みに」
詰め所が、静かになる。
「……一人で?」
ルカ
「……」
沈黙が、答えだった。
⸻
「おーい」
誰かが笑いをこらえながら言う。
「例の店?」
「また朝じゃなくて?」
「昨日の午後?」
ガルムは、ため息をひとつ。
でも、怒ってはいない。
むしろ、ちょっと楽しそうだ。
「……で?」
「何があった」
ルカは、視線を逸らした。
「……何も」
「嘘つけ」
即答。
「何もなかったら」
「『昨日はありがとう』にはならない」
ルカは、観念したように、ぽつりと言う。
「……少し」
「話をしただけだ」
「ほう」
「コーヒーを飲んで」
「菓子を食べて」
「……静かだった」
それだけ言って、黙る。
⸻
しばらくして。
ガルムが、にやっと笑った。
「……あー」
「それ」
「一番やばいやつだな」
「何も起きてないのに」
「心だけ動くやつ」
周囲が、どっと湧く。
「恋じゃん!」
「完全に恋!」
「ルカが恋しちゃった!」
「違――」
ルカの声は、勢いが足りない。
ガルムは、肩をぽんと叩く。
「いいじゃねぇか」
「騎士だって」
「朝のコーヒーだけじゃ足りない日もある」
ルカは、何も言えなかった。
否定も、肯定も。
ただ一つだけ、はっきりしている。
(……また、今朝も、行ってよかった)
そして。
サーヤが、
何も特別じゃない顔で言った
「昨日はありがとう」
その一言が、
今日も、胸の奥に残っていることを。
ルカは、剣を手に取りながら、
小さく息を吐いた。
(……これはコーヒーのせいじゃ、ないな)
自覚は、まだ浅い。
でも、確実に——
始まっていた。
ガルム
(あのレオンてやつは、店主のなんだろうな)




