表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/181

第十一章 scene3 片想い

それから、毎朝2人は来た。


天気がよくても。

少し雨でも。

市場が騒がしい日でも。


同じ時間。

同じ席。


サーヤは、最初は偶然だと思っていた。

次に、巡回の都合かなと思い。

3日を過ぎたあたりで、さすがに気づいた。


(……毎日だな)


ただし、気づいても深く考えない。

中身が主婦のサーヤは、こういうとき妙に現実的だ。

(なにか事件……では、ないよね?)


騎士が毎日来る=何か起きている、という発想が先に来る。


7日目の朝。

パンを温めながら、サーヤは決めた。


(聞こう)


変に気を回すより、聞いたほうが早い。



「いらっしゃいませ」


二人が席につき、いつもの注文をし終えたあと。

サーヤは、コーヒーを運びながら、いつもより少しだけ足を止めた。


「あの……」


2人が顔を上げる。


サーヤは、にこやかに、でも探るような視線は一切なく言った。

「最近、よくいらしてくださいますよね」


一瞬。

ソフトの肩が、わずかに跳ねた。


「……えっ」


明らかに、焦っている。


「あ、あの」

「その……」


言葉を探すように、口を開いては閉じる。


サーヤは、少し心配になった。

(……やっぱり何かある?)


「なにかあったのかと思って」

「巡回で、お忙しいのかなって」


そう言うと、ソフトはさらに慌てた。


「い、いえ!」

「そういうわけでは……!」


ハードが、静かに口を開く。

「心配をかけて、すみません」


その声は低く、落ち着いている。

「特別な事情はありません」

「ただ――」


ちらり、とソフトを見る。


「彼が、ここを気に入っているだけです」


「……!」

ソフトの顔が、わかりやすく赤くなった。


「ちょ、ちょっと!」


サーヤは、一瞬きょとんとしてから、ふっと笑った。

「そうだったんですね」


それから、安心したように言う。

「それならよかった」

「事件かと思っちゃいました」


ソフト

「……コーヒーが、本当に、美味しくて」


ようやく絞り出した言葉。


「毎朝、ここで飲むと」

「頭が、ちゃんと冴えるんです」


サーヤ

「あら、それは嬉しい」


心からの声だった。

「朝のコーヒーは、大事ですからね」



ハードが、少しだけ姿勢を正す。


「失礼しました」

「名乗っていませんでしたね」


「俺は、ガルム」

「彼は、ルカ」


ソフト――ルカは、少し遅れて頭を下げた。

「…あ、…ルカです」


サーヤは、自然に応じる。

「サーヤです」

「こちらは、レオン」


レオンは、軽く頷くだけ。



そのやりとりを、少し離れた場所で見ていた女性客たちが、ざわつく。


「……名前、言ってる」

「距離、近くない?」


サーヤは、まったく気づかない。

ただ、コーヒーカップを置きながら言う。


「毎朝ありがとうございます」

「ご無理のない範囲で、どうぞ」


それだけ。



カウンターに戻ると、レオンがぼそっと言った。

「……やっと聞いたのか」


サーヤ

「うん」

「なんか気になっちゃって」


「事件じゃなくて、よかった」


レオンは、何も言わない。

ただ、視線を一瞬だけ、ルカの方にやった。



席に戻ったルカは、しばらく無言だった。

ガルムが、低く言う。


「……焦りすぎだ」


ルカ

「だって」

「急に話しかけられて……」


「それで?」


「……ちゃんと、名前も言えた」


ガルムは、わずかに口角を上げた。


「進歩だな」


ルカは、カップを見つめる。

毎朝、ここに来たい理由は、はっきりしていた。

穏やかな朝の時間を作っている彼女をもう少し知りたいと思う。




サーヤは、まだ知らない。


「常連」になった理由が、

コーヒーだけじゃないことを。


そして、

それを一番よく分かっているのが、

カウンターの向こうにいる男だということも。



それから、会話はほんの少しずつ増えた。

「騎士様はお休みはないんですか?」


「もちろんありますよ。

巡回は交代制なので、朝だけ顔を出せる日が多いんです」


「甘いものは、お好きですか?」


一瞬、間が空いて。

ルカは少し困ったように答えた。


「……嫌いでは、ないです」

「得意では、ないですけど」


サーヤは、くすっと笑う。

「じゃあ、甘すぎないのがいいですね」


それだけの会話。


ガルムは、あまり口を挟まない。

ルカのために2人の空気を、少し後ろから見守るような位置にいる。



そして、ある日。


午後。


昼の客が落ち着いたころ。

市場は静かで、風の音だけが聞こえる。


扉の鈴が鳴る。

チリン。


サーヤが顔を上げると、

そこにいたのは、ルカだった。


一人。

騎士の装いではない。


動きやすそうな服。

剣もない。

マントもない。


(……あれ)

一瞬、見慣れなくて、誰かわからなかった。


「……いらっしゃいませ」


ルカは、少し照れたように頭を下げる。

「こんにちは」


声が、いつもより近い。


サーヤは、ようやく気づいて、目を瞬いた。

「……あ、ルカさん。今日は、お一人なんですね」


「はい」

「今日は休みで」

「……その」


少し言い淀んでから。

「コーヒーが飲みたくなって」


サーヤは、何の疑いもなく言う。

「どうぞ」


「カウンター、空いてますよ」



ルカは、一瞬だけ戸惑った。

(あれ、誰もいない…)


奥の席。

いつもそこに行く癖が、体に残っている。


でも、今日は。

「……では」


カウンターへ。

椅子に座ると、思ったよりも距離が近い。


サーヤの手元。

豆を量る音。

湯を注ぐ音。


(……こんなに近かったのか)

ルカは、背筋を正した。


「お休みの日は」

サーヤが、自然に話しかける。

「普段着なんですね」


「はい」

「その方が、落ち着くので」


「わかります」

「制服って、気が抜けないですよね」


ルカは、少し驚いた顔をした。

「……そうなんです」



コーヒーを出す。

「今日は、少し軽めです」

「午後なので」


「ありがとうございます」


カップを受け取る指先が、少しだけ震えた。

サーヤは、気づかない。


「ちょっとだけ甘いもの、少し試してみます?」

「苦手なら、無理しなくていいですけど」


「……少しなら」


出されたのは、小さな胡桃の焼き菓子。

ルカは、一口だけかじる。

「……美味しいです」


間を置いて、正直に言う。

「思っていたより」


サーヤは、嬉しそうに笑った。

「それなら、よかった」



しばらく、静かな時間。


コーヒーの湯気。

木のカウンター。

外の風。


「……」


ルカは、何度か口を開きかけて、閉じた。

「……」


サーヤが、ふと顔を上げる。

「この時間は静かでしょう?」

「今日は、レオンが仕入れの買い物と、クルテッド、あ、港のハンバーガー屋に行ってて夕方まで戻らないかな」


それを聞いて、ルカの胸が、少しだけ強く鳴った。

「……そうなんですね」


「はい」

「朝とはまた違うでしょう?」


「……はい」


静かすぎて、言葉が、よく聞こえる。



ルカは、カップを見つめたまま言った。


「……この店」

「朝も、昼も」

「落ち着きます」


サーヤは、少し考えてから言う。

「それは、よかった」


「たぶん」

「あなたのファンも多いのでしょうね」


「……え?いや、そんなことはないでしょう。ここのコーヒーとスイーツが美味しいと言ってくださる方は多いですけれど」


「あぁ、きっとそうでしょうね」

「コーヒーも、食べるものも美味しいですし」

「ここの雰囲気と時間のファンがきっとたくさんいるのでしょう」

(そして、俺はあなたのファン!)


ルカは、ゆっくり息を吐いた。



サーヤは、まだ知らない。


この午後が、ルカにとって、

「特別な時間」になったことを。


そして。


扉の鈴が鳴るまで、

その距離のまま、

ゆっくりとコーヒーを飲み続けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ