第十一章 scene3 乾杯
作業場の扉は、閉まっていた。
中から聞こえるのは、
金属が触れる音と、低い声。
「ここ、もう一巻き減らそう」
「いや、待って。磁石ずらす」
レオンとカイの声だ。
サーヤは、カウンターの中で、
シュポ、シュポと手動のミルクフォーマーを押している。
「……」
(なんか、2人楽しそうだなぁ)
泡は立つ。
ちゃんと立つ。
でも、なんだか今日は音が寂しい。
シュポ。
シュポ。
「……」
サーヤは、ふっと力を抜いた。
(まぁ)
(あの2人に任せてるってことは)
(私は今、待つ係ってことか)
もう一度、シュポ。
⸻
作業場の中。
レオンは、机に前のめりになっていた。
目は真剣。でも、口元が少しだけ笑っている。
「1号機はさ、速すぎたな」
カイ
「はい」
「2号機は」
「ちょうどいいのがいい」
「泡が逃げないやつ」
2人、黙って調整を続ける。
⸻
カウンター。
サーヤは、泡をスプーンですくって眺めていた。
「……ねぇ」
独り言みたいに言う。
「ミルクフォーマーって」
「カプチーノだけじゃ、もったいないよね」
泡を少し、皿に落とす。
(ホットチョコにも)
(プリンの仕上げにも)
(ケーキの横に添えたら、かわいい)
「……」
(あ)
(卵白も、泡立つじゃん)
頭の中で、
メニューが増えていく。
「あ!ポタージュの上にもいいのかも!」
「使い道、山ほどあるじゃん」
シュポ。
最後の一押し。
⸻
そのとき。
作業場から、声。
「…できた!」
サーヤ、ぴくっと反応する。
「2号機?」
扉の向こうで、小さく、控えめな音。
ウィィ…
(……)
爆発しない。
飛ばない。
牛乳、無事。
カイの声。
「……いいですね!」
レオン
「……よし」
サーヤは、知らず知らず笑っていた。
(ああ)
(できそうだな、これ)
⸻
サーヤは、チョコパイとカプチーノ用のコーヒーを用意して、声をかける。
「ねぇ、そろそろお茶の時間ですよ」
扉の向こうで、
一瞬、沈黙。
レオンの声。
「……了解」
出来上がったばかりのフォームミルクをのせ、至福の一杯。
カウンターの上。
チョコパイが3つ、皿に並んでいる。
横には、カップ。
ミルクフォームが、ふわっと乗ったカプチーノ。
「……じゃあ」
サーヤが、少しだけ緊張した声で言う。
「2号機、正式デビュー前の試飲会!」
レオンは腕を組み、カイは前のめり。
ミルクの泡が、ちゃんと細かく立ったカプチーノ。
3人しばらく、無言。
ただ、飲んで、チョコパイを楽しむ。
何も言わずとも、満足の出来であることは間違いない。
そのときだった。
⸻
カフェの扉が、軋む。
「……お、やってるな」
振り向くと、魔道具工房の親父が立っていた。
油の染みた服。でも目は、妙に鋭い。
「どうだ?」
「磁石と銅で、回るもんはできたか?」
レオン
「……!」
一瞬、警戒。
でも、すぐに息を吐く。
「……できました」
カウンターの上の、ミルクフォーマーを指す。
親父は、近づいて、じっと見る。
「ほう……」
サーヤが、黙ってもう一杯、コーヒーを淹れる。
チョコパイも、差し出す。
親父は一口飲んで、一口かじって。
「……」
しばらく黙り込んだあと、低く笑った。
「こりゃあ」
「とんでもねぇもん作ったな」
レオン
「……?」
親父
「磁石と銅で“回す”って発想がな」
「世間に知れたら」
「魔道具どころじゃねぇぞ」
「お前らこんなのんびりはしていられない」
カフェの空気が、少し張る。
親父は、じっとレオンを見る。
「……そうなりたいか?」
⸻
レオンは、少し考える。
夜中の作業場。
カイの真剣な横顔。
サーヤが笑いながら泡を立てる姿。
カフェの日常。
数々のエピソードを経てと今。
思い描いて、ゆっくり言った。
「……今は」
「この店で」
「壊れなくて」
「疲れなくて」
「うまいもんに、ちゃんと使えるやつ」
「それだけでいい」
親父は、ふっと息を吐いた。
「……なるほどな」
「お前ら」
「あっち側の匂いすると思ったら」
にやっと笑う。
「実はな」
「俺もだ」
レオン
「……ですよね」
二人、目だけで笑う。
⸻
親父は、帰り際に言った。
「安心しろ」
「今は、黙っといてやる」
「ただし」
「いつか世に出すなら」
「覚悟、決めろよ」
扉が閉まる。
静かになるカフェ。
サーヤ
「……怖い人かな?」
レオン
「いや」
「めんどくさい仲間だな」
カイ
「……でも」
「ちょっと、楽しかったです」
サーヤは、チョコパイをもう一つ割った。
「じゃあさ」
「今日は成功祝いね」
レオンは、カップを持ち上げる。
「2号機に」
カイ
「乾杯?」
サーヤ
「乾杯!」




