第十一章 scene2 2号機
カウンターの奥。
レオンの作業場(書斎)には工具が散らかり、
銅線がぐるぐる巻かれ、
意味のわからない部品が並んでいる。
サーヤが、扉の前で立ち止まる。
「……ねぇ」
「これ、書斎じゃなかった?」
レオンは、机に肘をついたまま顔も上げない。
「違う」
「ここはアトリエになった」
「どこがよ」
「じゃ、秘密基地」
サーヤは深くため息をついた。
⸻
作業台の上には、カップに突っ込まれた謎の棒。
先端には小さな羽根。
根元には銅線。
横には、鉄にくっつく石。
サーヤ
「……なに、それ」
レオン
「ミルクフォーマー」
「なんでそんな禍々しいの」
レオンはようやく顔を上げた。
目が、少年のそれになっている。
「電動だ」
サーヤ
「……嫌な予感しかしない」
⸻
牛乳を入れたカップが置かれる。
サーヤ
「ねぇ、泡立て器でよくない?」
レオン
「ダメだ」
「毎回シュポシュポは地味に辛いだろ」
サーヤ
「それは……ありがとう?」
レオン
「じゃ、回すぞ」
⸻
ブゥゥゥゥゥン!!!!
一瞬だった。
羽根が、回る。
いや、回りすぎる。
牛乳が、竜巻みたいに持ち上がり、
次の瞬間――
バシャァァァン!!
白い液体が、カウンター、壁、天井へと散った。
静寂。
レオンの顔。
牛乳まみれ。
サーヤの顔。
牛乳まみれ。
サーヤ
「……っ」
「…………」
「ちょ、待っ」
サーヤ、腹を押さえる。
「ぎゃは、はは」
「ちょ、無理」
「レオン、なにそれ」
「回りすぎ!」
レオン
「……想定外だ」
サーヤ
「想定外ってレベルじゃないでしょ!」
笑いが止まらない。
「っ、腹痛い」
「やば、腹筋つる」
床にしゃがみ込む。
「朝から何してんの、私たち!」
⸻
そこへ。
ひょこっと顔を出す、カイ。
「……なにしてるんですか?」
現場を見る。
1号機を見る。
壁を見る。
一瞬、黙る。
カイ
「……回転数、落とせばいいんじゃないですか」
レオン
「……」
サーヤ
「……」
レオン
「……どうやって」
カイは、銅線を指さす。
「巻きすぎです」
「あと、磁石近すぎ」
「これ、全力疾走してます」
サーヤ
「全力疾走する泡立て器って何?」
⸻
レオン、無言。
1号機を見る。
自分の手を見る。
ちょっと複雑そうな顔。
サーヤは、まだ笑いながら飛び散った牛乳を片付ける。
「大丈夫」
「1号機って、そういうもんなんでしょ」
レオン
「……」
「2号機は?」
サーヤが聞く。
レオン、少し間を置いて答える。
「……完璧だ」
サーヤ
「期待してる!」
カイ
「僕も、直しますね」
レオン
「……頼む」
⸻
床を拭きながら、サーヤは思う。
(ああ)
(こういうレオン、久しぶりだな)
無駄に張り切って、
失敗して、
でも楽しそうで。
腹筋は死んだが、
心は、ちょっと軽い。
カウンターの上には、
泡立ちすぎて消えた牛乳と、
チョコパイの試作。
サーヤ
「……まぁ」
「チョコパイには、合いそうだよね」
レオン
「だろ?」
——
泡立て器1号機、死亡。
2号機、開発決定。




