第十一章 scene1 もこもこ
チョコパイは、あっさりメニューに載った。
「試しに、って出したのに、毎日なくなるんだけど」
サーヤは、黒板メニューを見上げて言った。
レオン
「想定内」
「うそつけ」
⸻
昼下がり。
サーヤはカウンターで腕を組んで考えている。
「……やっぱりさ」
「チョコパイには、カフェオレだよね」
レオン
「無難だな」
「でもさ」
「もこもこ泡のカプチーノも捨てがたい」
レオンは、少しだけ反応する。
「泡?」
サーヤ
「そう、あの」
「ふわってして、口につくやつ」
レオン
「……ああ」
サーヤは、ミルクピッチャーを持ち上げて振る。
「これ、毎回シャカシャカするの、地味に腕つかれるんだけど」
「泡立て器は……」
一瞬考えて、
「……でかすぎる」
レオン
「だろうな」
サーヤは、ぱっと顔を上げる。
「ねえ」
「手動のミルクフォーマーって、前世にあったよね?」
レオンの動きが止まる。
「……あったな」
「小さくて」
「押すと中でシャフトが上下して」
「ミルクが一瞬で泡になるやつ!」
サーヤ
「それそれ!」
一拍。
サーヤ、にやっと笑う。
「ねえ、レオン」
返事は聞かずに。
「レオーン!」
⸻
レオンは、ゆっくり椅子から立ち上がった。
「…書斎にいる」
サーヤ
「作業場?」
「書斎」
「どっちでもいいや」
レオンは、少しだけ口元を上げる。
久しぶりの顔だ。
「3日で作る」
サーヤ
「はやっ」
「チョコパイに合わせるなら」
「泡は、妥協できない」
サーヤは吹き出した。
「どこ目線なのよ!」
⸻
その夜。
カウンターの隅に、新しい紙が貼られた。
〈本日のおすすめ〉
・チョコパイ
・もこもこミルクのカプチーノ(試作)
レオンは、それを見て言った。
「……失敗したら外せ」
サーヤ
「成功する前提なんだ」
「当たり前だろ」
⸻
翌朝。
カフェに響くのは、
いつもと違う音。
シュポ、シュポ、シュポ。
カイ
「……あ、これ」
「なんか楽しいです!」
カウンターの上で、
ミルクはちゃんと、もこもこになっていた。
⸻
カプチーノ人気に、シュポシュポが止まらない。
閉店後、レオンは椅子に逆向きに座り、顎に拳を当てている。
「……手動は、いいが…」
「これはなかなかキツイな」
サーヤ
「……だね」
レオンが続ける。
「力が一定じゃない」
「泡の質が、作るやつに左右される」
サーヤ
「それ、味じゃなくて性格の問題じゃない?」
「違う」
きっぱり。
「回せばいい」
「一定で」
「ずっと」
サーヤ
「……回す?」
レオンの目が、すっと細くなる。
考える顔だ。
「磁石と」
「銅のコイルがあれば」
サーヤ
「……出た、わからんやつ」
「動く」
「前世では、普通だった」
サーヤ
「普通って言われてもね」
⸻
裏口で、カイが片付けをしている。
「……どこ行くんですか?」
レオン
「温泉街」
カイ
「え」
「魔道具工房」
「話が早いからな」
カイは一瞬迷ってから、工具袋を肩にかけた。
「…俺も…行きます!」
⸻
温泉街の奥。
いつも蒸気が立ちこめている、あの工房。
中では、金属を打つ音と、魔石が鳴る音が混じっている。
職人
「おや、珍しい顔だな」
レオン
「聞きたいことがある」
カイは横で小さく会釈した。
「磁石」
レオンは言った。
「鉄とかに、くっつくやつ」
職人は、あっさり棚を指さす。
「あるよ」
レオン
「……あるの?」
「ある」
カイ
「そんな軽く!?」
職人は、黒い塊をひとつ取り出した。
「ほら」
カイ
「……ほんとだ、くっつく」
レオンの口元が、ほんの少し上がる。
「銅のコイルは?」
職人は首をかしげる。
「コイルは知らん」
「でも、銅ならあるぞ」
奥から、銅線の束がいくつか出てくる。
「細いのがいいのか?巻けばいいんだろ?」
レオン
「……話が早いな」
カイ
「え、巻くの!?これ!?」
職人は笑った。
「若いの、勉強だな」
レオンは、細い銅線を受け取りながら言った。
「……いける」
カイ
「何がですか」
「これで回るぞ」
カイは、しばらく沈黙してから言った。
「……それ」
「ミルクのためですよね?」
レオン
「そうだが?」
カイ
「……本気だ」
レオンは、ちらっとこちらを見る。
昔みたいな、ちょっと無茶な目。
「チョコパイに合う泡は、妥協しない」
カイは、思わず笑った。
「……サーヤさん、聞いたら爆笑しますね」
レオン
「今回は、黙らせるぞ」
⸻
帰り道。
湯気の向こうで、レオンは言った。
「1号機は失敗する(一応保険)」
カイ
「え、最初から?」
「でも」
「2号で、いける」
カイは、少しだけワクワクした声で答えた。
「……直すの、俺ですか?」
レオン
「当然だ」
遠くで、温泉街の鐘が鳴る。
もこもこ泡への道は、
なぜか本気で、ちゃんと始まっていた。




