第十章 scene10 書斎
カフェの朝は、相変わらず慌ただしい。
サーヤがカウンターの奥で、
ボウルを抱えてシャカシャカと泡立てている。
「……はぁ」
「地味に腕にくるんだよね、これ」
シャカシャカ。
シャカシャカ。
レオンは、コーヒー豆を挽きながら、ちらりと横目で見る。
「……毎日、それやってんのな」
「毎朝よ、腕ムキムキになりそう」
サーヤは手を止めない。
「泡立て器って、便利なようで不便なのよ」
「……ふぅん」
レオンは、それ以上何も言わなかった。
ただ、その日の午前中。
妙に静かだった。
⸻
昼前。
サーヤが仕込みをしていると、
カウンターの奥から物音がする。
ガチャ。
ゴト。
カン、という金属音。
「……レオン?」
返事はない。
奥へ行くと、ボルト爺さんの“隠し部屋”の扉が、半開きになっていた。
「ちょっと」
「そこ、勝手に——」
中を覗いて、サーヤは言葉を止めた。
⸻
そこはもう、
隠し部屋ではなかった。
木の机。
散らばった歯車。
金具。
バネ。
削りかけの木片。
床には図面。
壁には走り書きのメモ。
そして中央で、
腕まくりしたレオンが、何かを組み立てている。
「……なにしてんの」
レオンは顔を上げずに言う。
「見てわかんねぇ?」
「……わからない」
「発明」
サーヤは眉をひそめる。
「ここ、書斎にしたんじゃなかった?」
レオンは、ちらっとこちらを見る。
「書斎だろ」
「どう見ても作業場だけど」
「考える場所だから書斎」
サーヤは、ため息をついた。
「で、何を発明してるの」
レオンは、少しだけ口元を上げた。
「まだ言わない」
「……は?」
⸻
机の上に置かれたのは、
見慣れない形の器具だった。
持ち手。
歯車。
中でくるくる回る金属の輪。
「回すと、こうなる」
レオンが軽くハンドルを回す。
中の輪が、勢いよく回転する。
「……腕、疲れないだろ」
サーヤは、しばらく無言でそれを見てから言った。
「……少年の顔?」
「は?」
「最近ちょっと大人だったから」
「久しぶりに、初期レオン見た」
レオンは、むっとする。
「うるせぇな」
「でも」
サーヤは、くすっと笑う。
「ちょっと楽しそう」
レオンは、一瞬だけ目を逸らした。
「……悪いかよ」
⸻
試作品一号は、見事に失敗した。
回しすぎて泡が飛び散り、天井に白い跡が残る。
サーヤ
「ちょっと!?」
レオン
「想定外だ!」
「全部想定外でしょ!」
二人で掃除しながら、
サーヤが言う。
「でもさ」
「こういうの、久しぶりじゃない?」
レオンは、雑巾を絞りながら答える。
「……ああ」
「なんか」
サーヤは天井を見上げる。
「世界はまだ余白がある感じするね」
レオンは、ふっと笑った。
「なんだそれ?」
⸻
夕方。
泡立て器二号は、まだ完成していない。
でも、机の上に置かれたそれを見て、
レオンは満足そうだった。
「……完成は明日だな」
サーヤ
「期待していい?」
「壊れても文句言うなよ」
「それ、毎回じゃん」
⸻
その後
夕方。
カフェの奥。
例の“書斎(とレオンが呼んでいる作業場)”に、
泡立て器一号が置かれていた。
未完成。
歯車は多め。
やたら力強い。
レオンは腕を組んで、それを見下ろしている。
「……悪くはない」
自分に言い聞かせるように、ぽつり。
そこへ。
「……あ」
声がした。
振り向くと、カイが立っている。
洗い物を終えて、ふらっと覗いただけの顔。
「それ……」
「レオンさんの、ですか?」
レオン
「……触るなよ」
カイ
「……ちょっとだけなら?」
返事を待たずに、カイは泡立て器を持ち上げた。
くるり。
くるり。
首を傾げる。
「……あの」
「これ、ここ」
カイは、歯車の一つを指さす。
「噛み合い、ちょっと強すぎると思います」
「だから、回すと一気に加速するんじゃないかな」
レオン
「……」
カイは、工具箱を見て、
中から細いピンを一本取り出した。
「これ、少し削って」
「間に、薄い板、噛ませたら……」
カチ。
カチ。
数分後。
「……はい」
くるり。
今度は、静かに、なめらかに回った。
泡は、飛ばない。
⸻
沈黙。
レオンは、じっと泡立て器を見る。
カイは、少し不安そうに言った。
「……勝手に直して、すみません」
レオン
「……」
サーヤが、いつの間にか扉のところに立っていた。
一部始終を見ていたらしい。
そして。
「——っ、はははははは!!」
腹を抱えて笑い出す。
「ちょっとレオン!」
「一号、秒でカイに改良されてるんだけど!」
カイ
「ご、ごめんなさい!」
レオン
「……」
レオンは、ゆっくりと泡立て器を手に取った。
くるり。
静かに、綺麗に回る。
「……チッ」
小さく舌打ち。
でも。
「……悪くねぇな」
サーヤ
「そこ素直に悔しがればいいのに」
レオン
「うるせぇ」
カイは、ほっとしたように肩を下ろした。
「……ありがとうございます」
レオンは、視線を逸らしたまま言う。
「……次からはちゃんと最初から、一緒にやれ」
カイ
「……はい!」
⸻
サーヤは、まだ笑っている。
「いやー」
「いいねぇ」
「技術の継承ってやつ?」
レオン
「継承じゃねぇ」
「進化だ」
サーヤ
「はいはい」




