第一章 scene14 もう一品
翌日。
昼の客が引いたあと、静かな厨房。
サーヤはキャベツの芯を見つめていた。
もう一品メインになるものが欲しい。肉は高いし、豪華な料理は無理だわ。“ご馳走”はここの客層に合わない。
手にしたのは――
キャベツ・少ないひき肉・パンくず・スープの残り。
「父さん、火、貸して」
「お、おう?」
キャベツを丸ごと鍋へ。ぐつぐつ優しく煮る。
柔らかくしてから、一枚ずつはがす。
(うん。これならお年寄りでも噛める)
ひき肉は少ないから細かく刻んだ玉ねぎとパンくずで“嵩増し”。でもただの節約料理じゃない。
玉ねぎはしっかり甘く焼く。
香りが立つまで、焦らずに。
肉に混ぜて、丸くまとめて、キャベツで包む。
鍋の底には、昨日の濃厚スープを少し。
水で伸ばして、ほんの少しだけ牛乳を足す。
(――優しくね)
ぐつぐつ。優しく、ゆっくり。
蓋を開けた瞬間、湯気の向こうでキャベツがやわらかく揺れた。
スプーンをそっと入れると、抵抗なくすっと通る。
「……できたぁ」
夕方。
久々に来た常連の老人夫婦の前へ。
「今日は――お試し料理です」
皿の真ん中に、緑の柔らかな塊。
スプーンを入れた瞬間、キャベツがほどける。
奥さんが、一口。
旦那さんが、一口。
静か。
次の瞬間。
奥さんの目に、涙。
旦那さんが、鼻をすすった。
「……これ……」
「昔……ばあさんが元気だった頃に、作ってくれた味に……似てる……」
震える声。
ハルトは、カウンターの奥で固まっていた。
サーヤは静かに微笑む。
「名前をつけたよ」
一呼吸置いて――
『ただいまロールキャベツ』
老人は笑った。泣きながら。
「……だったら……」
「“いってらっしゃい”も、欲しいねぇ」
周りの客が笑う。
空気がやわらぐ。
「……サーヤ…お前ほんと……なんなんだよ……」
サーヤは胸を張る。
「スプーン亭の娘!」
そして、ちょっとだけ照れ笑い。




