表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
148/181

第十章 scene8 卒業

今日のカフェは、少しだけ違っていた。


看板はいつも通り。

椅子の並びも、豆の量も同じ。


でも、みんながどこか落ち着かない。


リオは、いつもより早く出勤していた。

エプロンを結び、深呼吸をひとつ。


「……今日で、最後です」


サーヤは、あえて軽く言う。

「そうだね。でも“終わり”って感じじゃないでしょ」


リオは、少し笑った。

「はい」



昼過ぎ。

店を早めに閉めると、扉の向こうから声がした。


「よーっし!」

「間に合ったな!」


クルスとテッド、そしてカイが、

紙袋を両手いっぱいに抱えて入ってくる。


テッド

「卒業式には、やっぱ主食が必要だろ?」


袋の中から現れたのは、焼きたてのハンバーガー。


カイが、少し照れながら言う。

「……今日は」

「ちゃんと、全部一人で焼きました」


リオ

「ほんとに?」


カイ

「……ほんと」


二人、顔を見合わせて笑う。



キッチンでは、サーヤとリオが並ぶ。


卵を割って、

砂糖を量って、

最後に、そっと火を弱める。


「焦らない」

「待つ」


サーヤの言葉を、リオはもう繰り返さない。

体が、覚えている。


出来上がったのは、プリンと、焼き菓子。


「……これ」

リオが言う。

「最初に作ったのより、ちゃんとできてます」


サーヤ

「当たり前!プロに近づいてるんだから」


リオは、照れたようにうつむいた。



レオンは、カウンターでグラスを並べている。


白いソーダ。

コーラ。

メロンソーダ。

少しだけ、特別なフルーツ入りの水。


「今日は飲みたいもの、全部出すぞ」


クルス

「太っ腹だな」


レオン

「……最終日だからな」


カイ

「メロンクリームソーダがいいです!」


テーブルをつなげて、皿を並べて、グラスを置く。

小さな卒業パーティー。

誰も立派な挨拶はしない。


テッド

「じゃあ……」

「食うか!」


「それかよ!」


笑いが起きる。



リオは、ひとつずつ、みんなの顔を見る。


サーヤ。

レオン。

クルス。

テッド。

カイ。


「……ありがとうございました」

声は、震えていない。


「ここで」

「初めて」

「自分が役に立つって、思えました」


「失敗しても大丈夫で、戻ってこれる場所があって」


「それが」

「すごく、救いでした」


サーヤは、皿を置きながら言う。

「それ、こっちの台詞」


レオン

「……また、来い」

「客でも、手伝いでも」


クルス

「港にも顔出せよ!」


テッド

「プリン、卸してくれてもいいぞ!」


カイは、少し黙ってから言った。

「……俺は、姉さんがここにいなくても役に立つように頑張るから、まだここにいてもいい?」


リオは、にっこり笑った。

「うん、もちろん!」



リオのカフェ最終日。


それは、別れじゃなくて、

ちゃんとした「卒業」だった。




馬車が止まり、重厚な門をくぐる。


屋敷の中は静かで、

足音さえ少し遠慮がちになるような空気だった。


リオは、胸の前で手を握りしめる。

(……ここが、今日からの場所)


案内された部屋で、一式の服が用意されていた。

「こちらを」


差し出されたのは、落ち着いた色合いのメイド服。

飾りは控えめで、動きやすそうだ。


リオ

「……ありがとうございます」


着替え終え、姿見の前に立つ。

少し背筋が伸びた自分が、そこにいた。


(大丈夫)

(ちゃんと、やれる)



応接の一角で待っていたのは、

年配の女性だった。


無駄のない所作。

静かな視線。

メイド長だった。


「あなたが、リオさんですね」


「はい」


「まずは、どの程度できるか、見せてください」


声は淡々としているが、冷たくはない。



最初は、読み書き。


手紙を一通、渡される。

内容を読み、要点をまとめる。


次は、計算。

日々の食材費と使用量を示した簡単な帳面。


リオは、落ち着いてペンを動かす。

カフェで覚えた、あの感覚。


(急がない)

(確認する)


「……問題ありません」


メイド長は、静かに頷いた。



次は、掃除。


部屋の隅。

窓枠。

床。


「……丁寧ですね」


「癖です」

そう答えて、リオは少しだけ笑った。



最後は、料理。


簡単な下ごしらえと盛り付け。

火加減を見ながら、手を止める。


(焦らない)

(待つ)


サーヤの声が、頭の奥でよみがえる。


出来上がった皿を差し出すと、

メイド長は一口だけ味を確かめた。


「……十分です」



一連が終わったあと。


少し離れたところで様子を見ていたセレイアが、

ゆっくりと歩み寄ってきた。


「どう?」


メイド長は、短く答える。

「基礎がしっかりしています」

「教えられたことを、きちんと自分のものにする人ですね。細やかな配慮が行き届いてます。」


セレイアは、嬉しそうに目を細めた。


「やっぱり!素晴らしい人材だわ」


リオは、思わず背筋を正す。


「無理をさせるつもりはありません」

セレイアは、穏やかに続けた。


「まずは一通り、仕事を覚えて」

「あなたがいちばん力を発揮できる場所に、配置しましょう。ここは、学ぶ場所でもあるのよ」


リオは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


「……はい」

「よろしくお願いします」


深く、丁寧に頭を下げる。


「じゃ、次はお給金とお休みについてね…」

丁寧な説明が続く。



その日の終わり。


屋敷の廊下を歩きながら、リオは思った。


(ここからちゃんと、始まるんだ)


カフェで過ごした日々は、終わったわけじゃない。

背中に、ちゃんとついている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ