第十章 scene7 はじまりの記念
朝のカフェ。
いつもより少しだけ、空気がそわそわしている。
サーヤは、リオの後ろに立って、櫛を入れていた。
カウンターの端には、リボンと小さな箱。
「……動かないでね」
リオは、背筋をぴんと伸ばしている。
「はい……!」
サーヤは手慣れた様子で、編み込みを整えていく。
きっちりしすぎない、でも崩れない。
最後に、リボンをひとつ。
「よし」
鏡を向けると、リオは一瞬、言葉を失った。
「…これ…わたし?」
「そうよ、ステキになった!」
リオは、そっと頬に触れる。
「……なんか、ちがう人みたい」
そのとき、後ろからシャッター音。
カシャ。
レオンだった。
「記念。なんだか、七五三みたいだからな」
「えっ!?」
サーヤは笑った。
「確かに。成人式も、こんな感じなのかもね」
リオは照れながらも、少し誇らしそうだった。
⸻
馬車で屋敷へ。
今日は早めに到着している。
「来てくれてありがとう」
出迎えたのはライラだった。
「この前ぶりね」
「今日は、ゆっくりお願いできそう」
リリアも、少し緊張した顔で立っている。
「……よろしく、お願いします」
サーヤは、いつも通り。
「こちらこそ」
⸻
サロンは、思っていたよりずっと穏やかだった。
サーヤが手を動かし、
リオが道具を渡し、
リリアとライラが鏡をのぞき込む。
「ねぇ、こうするとどう?」
「わ、きれい!」
奥様たちも、いつの間にか集まってくる。
「まあ、素敵」
「編み方が軽やかね」
セレイアも、少し離れたところで微笑んでいる。
「堅苦しい場じゃないのね」
「こういう時間、嫌いじゃないわ」
笑い声が、自然に広がる。
仕事というより、
ちょっとした“楽しい時間”。
それで、十分だった。
サロンもそのままの雰囲気で時間が流れていく。
⸻
翌日
朝のカフェ。
扉の鈴が鳴る。
「……あ」
サーヤが顔を上げると、
そこに立っていたのは、リオと、その母だった。
少し緊張した様子の母。
でも、リオの手をしっかり握っている。
リオ
「……サーヤ」
「うん?」
リオは、一歩前に出た。
「わたし」
「セレイア様のところで、働いてもいいかな」
サーヤは、驚かずに聞く。
「……どうして、そう思ったの?」
リオは、少し照れたように笑った。
「昨日、ドレスのまま、家に帰ったんです」
「そしたら……母が、泣いて」
横で、母が小さく頷く。
「すごく喜んでくれて」
「それで」
「一緒に鏡の前で、髪をいじって」
「夜遅くまで」
「どんなふうに結ぶといいか、試して」
少し、声が弾む。
「……すごく、楽しかった」
「わたし、やっぱりこの家族、ちゃんと支えたいって思って…」
「サーヤのところで学んだこと」
「ちゃんと、仕事にしたい」
母が、静かに言った。
「……この子、初めてなんです」
「“楽しい”って言いながら、何かをやっていたの」
「情けない親でわたし1人じゃ、支えられないけど一緒にやろうって言ってくれて…。本当にありがとうございます。素晴らしいお仕事紹介してくださって。わたたしもリオに負けないように、リオの髪結してやれるように励みます。」
サーヤは、少しだけ目を細めた。
「……そっか」
それから、いつもの調子で言う。
「じゃあ」
「応援しない理由、ないね」
リオの顔が、ぱっと明るくなる。
「本当ですか?」
「うん、ただし!ここで学んだこと、忘れないでね」
リオは、力強く頷いた。
「はい!」
レオンが、奥からひとこと。
「……写真、また撮るか」
「えっ!?」
「今度は」
「“はじまりの記念”ってことで」




