第十章 scene6 案じる将来
朝のカフェは、まだ半分眠っていた。
床を掃く音。
ケトルの湯気。
窓から入る光は、やわらかい。
サーヤがカウンターで豆を量っていると、
ふと思い出したように顔を上げた。
「……ねぇ、リオ」
リオは、エプロンを結びながら振り向く。
「はい?」
サーヤは、少しだけ言いにくそうに笑う。
「ちょっと、手伝ってくれない?」
「サロンに行く前に差し入れを、作りたいんだ」
リオの目が、ぱっと開く。
「差し入れ?」
「うん、久しぶりに会う子がいてね」
サーヤは、棚を指さす。
「カルツォーネ」
「あと……プリン」
リオ
「……プリン?」
「昨日、試作してたでしょ」
「あれ、ちゃんと仕上げたいなって」
リオは一瞬考えてから、力強く頷いた。
「やります!」
⸻
キッチンに、甘い匂いが広がる。
卵を割る音。
牛乳を温める音。
静かな集中。
サーヤは横で見ながら言う。
「火、焦らないでね。“じっくり待つ”のよ」
リオ
「……はい」
型に流して、蒸す。
冷まして、確認する。
最後に、そっとスプーンを入れる。
リオ
「……できました」
サーヤ
「うん」
「ちゃんとしたプリンだ」
リオは、少し照れたように笑った。
⸻
昼前。
二人は、包みを抱えて馬車に乗った。
カルツォーネは温かく。
プリンは、丁寧に箱に収められている。
リオは、膝の上の箱を見つめて言った。
「……なんか」
「緊張してきました」
サーヤ
「大丈夫」
「きっと差し入れのほうが気になるわかっこ
「それ、ほんとですか?」
「ほんと」
⸻
サロンに到着すると、
まず聞こえたのは、明るい声だった。
「……サーヤ?」
振り向いた先にいたのは、リリアだった。
「やっぱり!」
「来てくれたのね!」
サーヤ
「リリア!久しぶりね」
リリアは、包みに気づいて目を輝かせる。
「それって……!」
「カルツォーネ」
「あなた、好きだったでしょ」
リリア
「覚えててくれたの!?」
サーヤは、横に立つリオを示す。
「あとね、この子と一緒に作ったプリン」
リオは、少し緊張しながら一礼する。
「……リオです」
リリアは、すぐに笑顔になった。
「まあ!サーヤのスイーツも、リオさんも素敵じゃない!」
⸻
テーブルに並べられる、差し入れ。
カルツォーネを割ると、湯気が立つ。
プリンを口に運んだ瞬間、リリアが声を上げた。
「これ、ぷるぷるでなんかかわいい。カラメルのところ、おいしい!」
リオの肩が、少しだけ緩む。
サーヤは、その様子を見て、ほっと息を吐いた。
(……連れてきて、よかった)
自然な流れで、打ち合わせが始まった。
テーブルの上には、櫛やリボン、布見本が並べられている。
サーヤ
「ライラは、動くとすぐ崩れるから」
「今日は、まとめすぎない方がいいかな」
ライラ
「……うん」
リリア
「私は?ライラとおそろいポイントがあるといいな」
サーヤ
「もちろんいいよ」
リリアは嬉しそうにくるっと回る。
⸻
セレイア
「リオさんのドレスも決めましょうか」
リオ
「えっ」
「あなたはまだ若いし、少し軽やかなものがいいわね。何色が似合うかしら?お好きな色は?」
布見本を広げながら、
セレイアとライラとリリアでキャッキャと盛り上がる。リオも次第に緊張が解けて、何着も試着し、納得の一着が決まる。
リオ
「本当に貸していただいていいのでしょうか」
セレイア
「もちろんよ、とっても似合うし、ライラはこのドレスあまり着なかったから、気にしないでね」
ひと通り話したあと、
セレイアが、ふとサーヤをじっと見つめた。
「……ところで」
サーヤ
「はい?」
セレイアは、少し首を傾げる。
「あなたはどうするのかしら?」
サーヤは、きょとんとする。
「わたしはあるものでなんとか」
セレイアはおもむろに立ち上がる。
「……少し、見せたいものがあるわ」
⸻
奥の部屋から、セレイアが一着のドレスを持って戻ってきた。
淡い色合いで、線がとてもきれいなドレス。
華美ではないが、品がある。
「これ」
「私のだけれど」
サーヤ
「……え?」
セレイアは、さらっと言った。
「貸すわ」
リオが、思わず息をのむ。
「サロンに来るのに」
「あなたが普段着のまま、というのもね」
サーヤは、慌てて首を振る。
「い、いえ、そんな……」
「いいのよ、サイズも近そうだし」
ライラが、横から口を挟む。
「……似合うと思う」
リリア
「絶対!」
サーヤは、困ったように笑った。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
⸻
その流れで、セレイアがふと切り出した。
「……サーヤさん、」
「うちで働くのはどうかしら?あなたはとっても頼りになりそうだわ」
サーヤは、少し考えてから首を振った。
「ありがとうございます」
「でも、わたしにはもう守るものがあるので」
「そう、そうよね」
セレイアは、あっさり引いた。
そして、リオを見る。
「……では」
「リオさんはどう?」
リオの胸が、どくっと鳴る。
「あなた」
「サーヤさんの手伝いをしているのでしょう?」
リオ
「……はい」
「だったら、ここでも、やっていけると思うわ」
「きっとあなたのこれからにもよい経験になると思うのだけど」
押しつけるでもなく、試すでもなく。
ただリオの将来を案じて、選択肢として差し出された言葉。
リオは、しばらく黙ってから言った。
「本当にありがとうございます。……少し」
「考えても、いいですか?」
セレイアは微笑んだ。
「もちろん」
「選ぶのは、あなたよ」
⸻
帰りの馬車。
リオは、窓の外を見ながら、ぽつりと言った。
「……世界、広いですね」
サーヤは、貸してもらったドレスの感触を思い出しながら答えた。
「うん」
「でも、どこに行くかは、自分で決めていい」
「あなたがどうしたいかを考えるのよ」
リオは、小さく頷いた。
まだ答えは出ていない。
でも、確かに――
扉は、いくつも見えてきていた。




