第十章 scene4 繋がる過去
お屋敷の応接室で、改めて礼を言われた。
向かいに座る奥様は、サーヤを値踏みするでもなく、
ただ興味深そうに眺めている。
「……ところで」
奥様が、ふと聞いた。
「あなた、こういう屋敷は初めて?」
サーヤは少し考えてから答えた。
「ええと……」
「お客としては、たぶん」
「たぶん?」
「前に一度だけ、仕事でガーデンパーティーをお手伝いしたことがあって」
奥様の眉が、わずかに動いた。
「ガーデンパーティー?」
「はい」
「メニューやドリンクを考えたり」
「どうしたら、場が楽しくなるかを一緒に」
奥様は、はっとしたように息をのんだ。
「……それってもしかして」
サーヤは首をかしげる。
「え?」
「リリア嬢のところじゃない?」
一瞬、緑の芝と、ざわめく人々、慌ただしい準備の記憶がよみがえる。
「あ……はい」
「リリア様のお父上のお屋敷で」
奥様は思わず笑った。
「あなただったのね」
「私も、あそこにいたのよ」
「娘も一緒に」
サーヤの目が、少し見開かれる。
「覚えてるわ」
「自然に人が集まって」
「飲み物を手に、笑って」
「とても素敵なパーティーだった」
そして、声の調子を変えた。
「ねぇ」
「今度、うちのサロンで」
「あのときのお話、もう少し聞かせてくださらない?」
(強引……さすが貴族のマダム)
断る隙は、ほとんどなかった。
了承して、その日は引き上げることになる。
⸻
帰り際、サーヤはふと立ち止まった。
「……あの」
「カフェまで、送ってもらえません?」
旦那様は一瞬きょとんとしてから、声を立てて笑った。
「もちろんだ」
⸻
夜の街道。
馬車はゆっくりと走り、石畳の音が心地よく揺れる。
(……今日、何しに出たんだっけ)
(実家? パン屋?)
まぁ、もういいか。
⸻
カフェの前。
見慣れた灯り。
見慣れた看板。
馬車が止まると、ちょうど扉が開いた。
レオンだった。
エプロン姿のまま、腕を組んでいる。
「……お前」
サーヤが馬車から降りる。
「なにしてんの?」
「……ちょっと散歩」
「嘘つけ」
「……迷子?」
「なお悪い」
付き添いのメイドが楽しそうに会釈する。
「今日は、ありがとうございました」
馬車が去り、二人きりになる。
レオンはため息混じりに言った。
「この一日で、何を拾ってきたんだ?」
サーヤは照れたように笑う。
「……また、変なこと始まりそう」
「だろうな」
⸻
カフェの奥。
サーヤが話し始める。
「ねぇ、レオン」
「リリアって、覚えてる?」
レオンの手が、ほんの一瞬止まる。
「……ああ」
「カルツォーネ売ってた頃の」
「あのガーデンパーティー」
「そのリリアの友達に、今日会った」
「馬車が壊れて」
「髪を直したら」
「なぜかパーティー会場で」
「で、サロンに招待された」
レオンは黙って聞いてから言う。
「……お前」
「今日、実家行くって言ってなかったか?」
「あ」
二人、顔を見合わせる。
「……どこも行ってないね」
「だろうな」
サーヤは、少しだけ真面目な声になる。
「でもさ」
「なんか、点がつながりそうな気がするんだよね」
レオンはカップを一つ磨きながら言った。
「全然理解はできないが、まだ通過点なんだろ」
「うん」
「ならどこでも行きたいときに行けばいい」
少し間を置いて。
「屋敷は、リオでも連れていけばいい」
サーヤ
「……パパ?」
「違う」
サーヤは笑った。
カフェの灯りが、静かに落ちる。
外では、夜風が吹いていた。




