第十章 scene3 偶然
会場は、思った以上にきらびやかだった。
高い天井。
燭台の光。
音楽と、笑い声。
サーヤは、入口で完全に立ち尽くした。
(……場違い感が半端ない)
ドレスに身を包んだ貴族たちの中で、
実用的な服のままの自分が、やけに浮いている。
──のに。
「どこのアレンジですの?」
「見たことがないわ」
「飾りが控えめなのに、目を引くのね」
あっという間に、お嬢さまが取り囲まれる。
サーヤ
「……え、えっと」
お嬢さまが、少し照れたように、でも誇らしげに言った。
「実は、馬車で事故に遭ってしまって」
ざわり。
「でも、この方が」
「道端で、直してくださったんです」
一瞬。
沈黙。
次の瞬間。
「まぁ……!」
「なんて素敵なお話」
「即興で、あの仕上がり?」
視線が、一斉にサーヤへ。
サーヤ
「……あの、ほんとに、ただ整えただけで……」
「謙虚!」
「素敵!」
(逃げたい)
そう思った、そのとき。
「あの!」
小さな声。
見下ろすと、
まだドレスを着慣れていない、ちびっこがいた。
「わたしも、かわいくしてほしい!」
「まぁ」
「ぜひお願いできる?」
サーヤは、一瞬だけ迷ってから、しゃがみ込む。
(……派手なのは、無理)
指先で、髪をすくう。
昔。娘に、何度もやった。
ただの、編み込み。
余計な飾りはなし。
最後に、持っていた布リボンを結ぶ。
「……はい」
鏡を向けると。
ちびっこは、目を丸くしてから、ぱあっと笑った。
「わたし、おひめさまみたい!ありがとう」
「まぁ……!」
「それ、自然でいいわね」
「作りすぎてないのに、可愛い」
気づけば。
一人。
また一人。
「次は、うちの子も」
「簡単でいいのよ」
完全に、即席ショータイム。
サーヤは、ひたすら編み、
結び、直し、笑われ、拍手され。
(……何これ)
ひと通り終わったところで、サーヤは、深く息を吸った。
「ではわたしは、本当に、これで失礼しますね」
「え?もう?」
サーヤ
「これ以上いると、仕事になりそうなので、おほほ」
一瞬の沈黙。
そして、笑い。
お嬢さまが、両手でサーヤの手を包んだ。
「今日は、本当にありがとうございました」
サーヤ
「こちらこそ」
深く一礼して、サーヤは、そのまま会場を後にした。
⸻
外。
夜風が、ひんやりと頬を撫でる。
扉が閉まり、音楽が、遠ざかる。
サーヤは、立ち止まった。
見渡す。
……知らない街角。
見覚えのない通り。
馬車の影もない。
サーヤ
「…………」
一拍。
サーヤ
「……で」
ゆっくり、首を傾げる。
「ここ、どこ?」
夜は、まだ始まったばかりだった。
サーヤは、とぼとぼと歩き出した。
石畳。
知らない街灯。
さっきまでのきらびやかさが、嘘みたいだ。
(……帰り道、完全に迷ったな)
ため息ひとつ。
そのとき。
「ま、待ってくださ〜い!!」
背後から、必死な声。
振り返ると、スカートを持ち上げて走ってくるメイドがいた。息が切れている。
サーヤ
「……はい?」
メイドは、ぜぇぜぇ言いながら頭を下げる。
「失礼いたしました!」
「どうしてもお引き留めしなければならなくて……!」
サーヤ
「え、もう十分……」
メイド
「いえ!旦那さまがぜひお礼を、と!」
サーヤ
「お礼……?いえ、そんなもう本当に」
メイドは、困ったように眉を下げる。
「このまま帰してしまったら」
「私たちが怒られてしまいます……」
サーヤ
「……あぁ、なるほど」(板挟み)
サーヤは、少し考えてから肩をすくめた。
「……短時間なら」
メイドの顔が、ぱっと明るくなる。
「ありがとうございます!」
⸻
……戻るのかと思った。
てっきり、さっきの会場に。
しかし。
「こちらへ!」と
案内された先にあったのは、立派な馬車だった。
サーヤ
「……え?」
メイド
「どうぞ!」
サーヤ
「……え?」
気づけば、ほぼ流れ作業で乗せられている。
扉が閉まる。
ガタン。
馬車が、動き出した。
サーヤ
「……あの」
メイド
「はい?」
サーヤ
「これは、どこへ?」
メイドは、にこやかに答えた。
「旦那さまのお屋敷です」
サーヤ
「……おやしき?」
馬車は、すでに速度を上げている。
(……あれ、これは思ってた“お礼”と違う)
窓の外、街の灯りが遠ざかる。
サーヤは、座席に背中を預けて、ぽつり。
「……今日、パン屋見る予定だったんだけどなぁ」
馬車は、答えず、静かに夜を進んでいった。
そしてしばらくして。
高い門。
広い庭。
控えめに言っても、でかい屋敷。
サーヤ
「……おぉ」
馬車が止まり、扉が開く。
そこに立っていたのは、
落ち着いた雰囲気の男性だった。
「本日は娘がお世話になりました」
深々とした礼。
サーヤ
「あ、いえ……たまたまで」
男性は、少し笑う。
「たまたまで、あの場を救える方はそう多くありません」
サーヤ
「……買いかぶりです」
男性
「いえ、娘にとって大事なパーティーだったので、
あなたは恩人だ。」
そう言って、屋敷の中へと促す。
「どうか少しだけ、お時間を」
サーヤは、玄関の敷居で一瞬だけ立ち止まる。
(……レオン)
(今日も、遅くなるって言っとくべきだったかな)
もちろん、伝える手段はない。
サーヤは、小さく息を吐いて、
一歩、屋敷の中へ足を踏み入れた。




