第十章 scene2 巻き込まれ事故
サーヤは、街道を歩いていた。
飛び出してはみたものの、、どうしようかな
そんなふうに考えた、そのとき。
――馬のいななき。
――車輪が、石に乗り上げる音。
「きゃっ!」
振り向いた瞬間、
馬車が大きく揺れ、止まった。
御者が慌てて手綱を引く。
扉が開き、中から顔を出したのは――
まだ少女と呼んでいい年頃の、お嬢さまだった。
淡い色のドレス。
けれど、髪はほどけ、飾りは片側にずれ、
明らかに「まずい」状態。
お嬢さまは、今にも泣きそうな顔で言った。
「……どうしよう」
「パーティーに、間に合わない……」
サーヤは、気づけば近づいていた。
「お怪我は?」
お嬢さま
「だ、大丈夫です……でも……」
指先が、髪に触れる。
絡まって、乱れて、ほどけかけている。
サーヤは、一瞬だけ目を閉じた。
(……まただ)
サーヤ
「時間、どれくらいある?」
お嬢さま
「……あと、30分」
サーヤ
「…そこ…座れる?」
お嬢さま
「え?」
サーヤ
「いいから」
サーヤは、馬車の影に少女を座らせる。
荷の上に腰掛けさせ、迷いなく髪に触れた。
ほどく。
整える。
引っ張らない。
焦らない。
馬車の周りの音が、遠くなる。
サーヤ
「……これはね」
「事故じゃなくても、直しが必要だった」
お嬢さま
「え?」
サーヤ
「飾りが主役すぎる」
「今日は、あなたが主役でしょ」
布紐。
簡素な留め具。
でも、線は美しく、首元が映える。
最後に、少しだけ角度を整える。
サーヤ
「……はい、できた」
お嬢さまは、馬車の鏡を見て、息を呑んだ。
「…わ…すごい」
声が、震えている。
「……ありがとうございます」
「本当に……」
サーヤ
「ほら、間に合うよ」
「急いで」
立ち上がろうとした、そのとき。
お嬢さまが、サーヤの袖を掴んだ。
「お願い!」
サーヤ
「え?」
「一緒に来てください」
「あなたに、お礼がしたいんです」
サーヤ
「……いや、私は――」
「どうしても!」
必死な目。
さっきまでの不安とは、違う熱。
御者が、困ったように言う。
「……もう、出ませんと」
お嬢さまは、即答した。
「席、空いてます!」
サーヤ
「ちょ、ちょっと……」
気づけば。
サーヤは、馬車に押し込まれていた。
扉が、閉まる。
車輪が、再び回り出す。
サーヤ
「……え?」
お嬢さまは、ようやく笑った。
「大丈夫です」
「すぐ着きますから」
窓の外。
街道が、遠ざかる。
サーヤは、天井を見上げた。
(……実家)
(……パン屋)
全部、逆方向。
サーヤ
「……人生って、こういうとこあるよね」
馬車は、夕暮れの道を走る。
向かう先は――
煌めく灯りの、パーティー会場。




