第一章 scene13 アレンジ
夜の厨房。
ハルトが酒を片手に椅子へ沈み、静かに天井を見ている。その横で、サーヤは棚を開いて食材をひとつひとつ確認した。
肉。
根菜。
固いパン。
スープの残り。
贅沢なんて、できない世界
でも――工夫ならできるわ
スプーン亭はもともと “煮込みスープ” が看板だった。
でも、それだけじゃ人は来ない。
なら――。
サーヤはエプロンをぎゅっと結び直した。
「父さんの味、使わせてもらうね」
鍋のスープを少しよけ、残りの野菜を刻み、香りを立たせる。
バターはない。
だから油は最小限。
代わりに、玉ねぎをじっくり弱火で甘くする。
トロリと香る匂いが、部屋に漂い始める。
酒を飲んでいたハルトの指先が――ぴくりと止まった。
「……なんだ、この匂い……?」
サーヤはパンをスープに浸し、フライパンで軽く焼いた。カリッとした表面。中は柔らかい。
そして、温め直した濃厚スープをかける。
ほんの少しだけ加えた隠し味――
塩ではなく“甘み”を足すために、刻んだリンゴを煮溶かしていた。
粗末な食材でも、手間をかければ、優しい味になる。
サーヤは皿を差し出した。
「――はい。今夜はスプーン亭 改 です」
ハルトは無言でスプーンを持つ。
すくって、口へ運ぶ。
静かに噛む。一度、目を閉じる。
そして――
ぽろり、と。
ハルトの目から涙が落ちた。
「……なんだよ……これ……いつものスープなのに……」
声が震えていた。
「なのに……
優しい……味がする……」
サーヤは笑った。
「それはね、『ちゃんと食べて、また明日もがんばろう』の味だからだよ」
ハルトは皿を抱きしめるみたいにして、ひと口、またひと口――大事にすくう。
やがて顔を覆い、笑いながら泣いた。
「……負けるなって言われてる気がする……
ありがとう、サーヤ……ありがとう……」
サーヤは胸に手を当て、小さく息を吸った。
よし。この味から始めよう。




