第九章 scene21 1週間
翌日から一週間は、毎日が少しずつ違って、
でも確実に忙しかった。
朝は、カフェが先に動く。
豆を挽く音。
湯気。
レオンの無言の段取り。
リオは、帳簿を開くのが日課になった。
まだ線はまっすぐ引けないし、数字も何度も見直す。
それでも、昨日よりは早い。
サーヤは、隣で口を出しすぎない。
聞かれたら答える。
間違えたら、戻し方を教える。
「大丈夫」
「帳簿はね、丁寧に“続く”のが1番大事。
間違いは必ず浮かび上がるから心配しないで」
⸻
昼前になると、カイは屋台の方へ向かう日がある。
港は、音が違う。
波。人の声。鉄のきしむ音。
クルスは、最初の3日はほとんど怒鳴っていた。
「次!」
「焼けてる!」
「手、止めるな!」
でも4日目には、少し変わった。
「無理なら言え」
「火、強すぎたな」
カイは、返事だけは大きかった。
「はい!」
失敗もした。ポテトを落とした。
ソースをこぼした。順番を間違えた。
それでも、「大丈夫、いいから続けろ」
と言われたのは、初めてだった。
⸻
レオンは、屋台とカフェを行き来する。
朝はカフェ。昼前から港。
夕方、また戻る。
身体はきついはずなのに、文句は一切言わない。
テッドは、相変わらずだが、手は動く。
「今日も売れたな!」
⸻
5日目の夜。
売上をまとめて、帳簿を閉じたあと。
クルスが、ぽつりと言った。
「……数字、見えると怖いけど、面白い世界だな。
商売、奥が深い」
サーヤは、笑った。
「でしょ」
⸻
一週間後、
カフェにようやく、いつもの夜が戻ってきた。
片付けは済んでカウンターの上には、洗い終わったカップが逆さに並んでいる。
レオンは、カウンターの端に肘をついたまま、動かない。
サーヤが、そっと声をかけた。
「……おつかれ、なんか飲む?」
レオン
「あぁ、一杯くれるか」
それから、ぽつり。
「……しかし」
「ハンバーガー、すげぇな」
サーヤ
「ん?」
レオン
「俺たちのカルツォーネ、軽く超えてったぞ」
サーヤは、一瞬きょとんとしてから笑った。
「なにそれ、悔しいの?」
レオン
「……まぁな」
でも、声はどこか穏やかだ。
「ま、俺も」
「兄貴に成長したってことだ」
サーヤ
「……出た」
レオン
「何だ」
サーヤ
「確かにさ、途中からキャラ変わったよね」
レオン
「……?」
サーヤ
「前は、どっちかって言うと、テッド側だったじゃん」
レオン
「失礼だな」
サーヤ
「今は完全に“黙って支える人”」
レオンは、ふっと鼻で笑った。
「男は黙って、がカッコいいだろ」
そのとき。
奥から、ひょこっと顔を出したリオが言った。
「……あれ?」
2人を見る。
「レオンさん」
「今日、よく喋りますね!?」
一瞬、静止。
レオン
「……そうか?」
サーヤ
「うん、めちゃくちゃ喋ってる」
リオ
「珍しいです!」
レオンは、少しだけ目を伏せた。
「……疲れてるだけだ」
サーヤ
「それ、“気が抜けた”って言うんだよ」
レオン
「……かもしれんな」
カウンターの奥で、湯が小さく鳴る。
忙しさが去ったあとの、何も起きない夜。
レオンは、立ち上がって言った。
「……明日はちょっと寝坊していいか」
サーヤ
「うん」
カフェは、また静かに息を整える。
こういう夜があるから、また走れる。
そんな顔を、レオンはしていた。




