第九章 scene19 地獄のダイジェスト
地獄を見た。
港の風が止んだみたいに、
サーヤは屋台の前で放心状態で立ち尽くしていた。
紙袋を持ったまま。
口、半開き。
「……なんで」
誰に言うでもなく、ぽつり。
「なんで、クルテッドに関わると
いつもいつもいつもこうなの?」
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3日間。
それは、本当に地獄だった。
カフェに3日ぐらい休みます、の看板が揺れる。
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初日。
まず、買い出し。
サーヤとリオ、街を走る。
後ろから荷車を引いたテッドが走る。
肉屋、パン屋、油、調味料。
包み紙と、使い捨てのコップ。
サーヤ
「ポテト、何キロ必要?」
リオ
「……わかりません!」
サーヤ
「じゃ多め!」
リオ
「多めって何キロですか!」
サーヤ
「気持ちよ!」
リオ
「気持ち!?」
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その頃、港。
レオンとカイとクルス。
屋台の高さを調整。
火の位置を微調整。
水桶を動かして、また戻す。
カイ
「……これ、昨日と違いません?」
レオン
「昨日は“昨日”、今日は“今日”だ」
カイ
「……はい?」
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夜。
全員、カフェに集合。
テッド
「ポテト、もう少し塩薄めでもよくね?」
サーヤ
「昼と夜で変えたい」
リオ
「え、2種類ですか?」
サーヤ
「当然」
リオ
「当然……!」
クルス
「……聞いてない」
サーヤ
「今、聞いたでしょ」
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2日目。
仕込み地獄。
肉を刻む。
混ぜる。
焼く。
冷ます。
また焼く。
サーヤ
「これ、昨日より美味しい?」
テッド
「……昨日のが好き」
サーヤ
「やり直し!」
テッド
「鬼!」
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ドリンク。
白いソーダの酸味を0.2上げる。
上げすぎて戻す。
戻しすぎてまた足す。
リオ
「……あれ?これ、昨日のに近いです」
サーヤ
「どれ?」
リオ
「……これです」
サーヤ
「それ一昨日の!」
全員
「一昨日!?」
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港。
看板作り。
クルス
「字、これでいいか?」
レオン
「……読める」
クルス
「褒めてる?」
レオン
「最低限」
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夜。全員、無言。
テーブルの上に、未完成の看板。
試作の紙。油の染みた布。
サーヤは、椅子に沈みながら呟いた。
「……明日はほんとに、来るの?」
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3日目。
朝。
サーヤの記憶は、途中から曖昧。
気づいたら、鍋をかき混ぜていて、
気づいたら、リオに指示を出していて、
気づいたら、テッドと口論していた。
サーヤ
「だから、仕込み順!」
テッド
「順番より勢いだろ!」
サーヤ
「料理は勢いで火は通らないし、味が落ちるの!!」
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昼。
テッドとクルスがキッチンに入り、
初の屋台実地練習。
プレオープンはみんなで手伝うから、カイも事前練習。
コップを置く。
トレーを引く。
ぶつからない。
レオン
「……よし、いいぞ」
カイ
「……はい」
その声が、少し誇らしそうだった。
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夕方。
全員集合。
屋台。
看板。
材料。
火。
水。
人。
揃ってる。
たぶん。
サーヤは、カウンターに両手をついて、
深く息を吐いた。
「……終わった?」
テッド
「たぶん!」
クルス
「一応!」
レオン
「……あとは、明日だ」
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サーヤは、その場に座り込んだ。
「……ねぇ」
「なんで、クルテッドって」
「こう……」
言葉を探して。
「止まらないの?」
クルスは、少し照れたように頭をかく。
「止まったら」
「次、行けなくなるだろ」
テッド
「走ってる間はさ、まだ“途中”だから」
サーヤは、目を閉じた。
「……ほんと」
「疲れる人たち」
でも。
口元は、少しだけ笑っていた。
港の夜。
屋台の影。
明日の匂い。
地獄の3日間、終了。
カフェの看板は、あと2日休みます。
港でハンバーガー売ってます、が書き加えられた。




