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第九章 scene12 何度でも

扉の鈴が、軽く鳴った。

「明日、朝から来てね」


サーヤがそう言うと、姉はこちらをじっと見て、

そして小さくうなずいた。

「……はい」


弟は、さっきより少しだけ肩の力が抜けている。

「メロンクリームソーダ、明日もある?」


「あるよ」

サーヤは即答した。


「頑張って働いたらね」

弟は、ふっと笑った。


2人が並んで外に出る。

夕方の光が、背中を細く縁取って、扉が閉まる。


鈴の音が、消えた。



一瞬、店内が静かになる。


レオンは何も言わず、使い終わったカップを一つずつ重ねていく。サーヤは、布巾を手にしたまま、少しだけ立ち尽くしていた。


「……勝手に決めて、ごめん」


ぽつりと、サーヤが言う。

レオンの手は止まらない。


「明日も来てって言ったこと」

「働くとか、教えるとか」

「ちゃんと考えて相談したわけじゃないのに」


レオンは、カップを置いてから、ようやく顔を上げた。

「……放っておけなかった?」


サーヤは、苦笑した。

「うん」


少し間を置いて、続ける。

「わたしにもね、子どもがいたの」

「もっと大人だけど」


言い切るまで、少しだけ時間がかかった。


「だから」

「“わからないまま生きてる顔”を見ると」

「どうしても、手が出る」


レオンは、黙って聞いている。

サーヤは、カウンターに肘をついて、天板を見つめた。


「正しいかどうかは、わからない」

「でも」

「ここに来て、飲み物を飲んで」

「一息つける場所があるってことだけは」

「知っててほしいなって思った」


レオンは、ふっと息を吐いた。

「……俺も、だ」


サーヤが顔を上げる。

「?」


「さっきの姉」

「あの目」


「“大人を信用していいか”迷ってる目だった」

「見覚えがある」


サーヤは、何も言わなかった。

レオンは、最後のカップを拭きながら言う。


「ここで働くかどうかは、後でいい」

「逃げ場所が一個あるってだけで」

「人は、だいぶ違う」


サーヤは、静かにうなずいた。

「……うん」



外では、風が少し強くなっている。

看板が、かすかに揺れた。


サーヤは、エプロンをたたみながら言った。


「じゃあ」

「明日は、開店前に」

「洗い物の仕方、教えようかな」


レオンは、コーヒーミルに手を伸ばす。

「まずは、割らないところからだな」


サーヤは、即座に顔を向けた。

「……言うね?」


レオン

「事実だろ」


サーヤ

「ちょっと待って」

「自分の数々の失敗、棚に上げてない?」


レオンは、ミルを回す手を止めない。


「……あれは」

「事故だ」


サーヤ

「何回?」


レオン

「……複数回」


サーヤ

「ほら!」


レオンは、少しだけ口元をゆるめた。


「でもな」「何度割っても」

「怒られずに済む店は、貴重だぞ」

「失敗した分だけ、割った分だけ味が深まるってもんだ」

サーヤは、くすっと笑う。


「それは、そうだけど、

 じゃあ割ってもいいってことね」


一息ついて、真面目な声。


「ここではさ」

「失敗しても」

「また来ていいってことにしよ」


レオンは、豆を挽き終え、ふっと息を吐いた。

「ここは……いい店だな」


サーヤ

「でしょ」


カフェには、今日はもう客はいない。

明日は、少し忙しいといい。



夜は、静かに、

少しだけあたたかく更けていった。


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