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第九章 scene10 思い出

サーヤは、二人の前にそっと立った。


カウンター越しではなく、

同じ目線になるように、少し身をかがめる。


「……あのさ」


二人が顔を上げる。


サーヤは、慎重に言葉を選んだ。


「たぶん、だけど」

「わたし、あなたたちと同じ“チェリー”を知ってる」


女の子のまつげが、わずかに揺れた。


サーヤは続ける。


「メロンクリームソーダも」

「プリンアラモードも」

「……わかる」


「だから」

「もし、なにか困ってることがあったら」

「ここでは、無理しなくていいよ」


その瞬間。

レオンが、低く言った。


「……おい、サーヤ」


制止でも、叱責でもない。

心配の声だった。


でも、サーヤは振り返らなかった。

女の子は、テーブルの上に置いた手を、ぎゅっと握った。しばらく、黙っていた。


そして。


女の子

「……わたしたち」


声は、静かだった。

泣きそうでも、取り乱してもいない。


「なんで、ここにいるのか」

「ずっと、わからないんです」


メロン君が、はっとして姉を見る。


「姉ちゃん……?」


女の子は、弟の方を一度だけ見て、

それから、サーヤに視線を戻した。


「家族で、事故にあったんです」


店内の音が、遠のく。


「父と、母と」

「一緒だったはずで」


言葉を区切りながら。


「でも、気づいたら」

「わたしたち二人だけ、ここにいました」


メロン君は、何も言わない。

ただ、膝の上で拳を握りしめている。


女の子は続けた。


「時間も」

「理由も」

「説明もなくて」


小さく、息を吸う。


「……わからなくて」

「ずっと、何年も」

「答えを探してました」


サーヤは、すぐに何も言わなかった。

代わりに、ゆっくりと頷く。


「……そっか」


その一言には、

驚きも、否定も、同情もなかった。

ただ、受け取ったという合図。


レオンは、カウンターの向こうで、黙って立っている。止めなかった。


サーヤは、少しだけ声を落として言う。


「ね」

「答えが見つからない時間ってさ」


「すごく、長いよね」


女の子の肩が、ほんの少しだけ下がった。

「……はい」


サーヤは、無理に続けない。

代わりに、テーブルの上のメニューを指で軽く叩いた。


「ここはね」

「答えを出す場所じゃない」


メロン君が、顔を上げる。

サーヤは、二人を見る。


「でも」

「“思い出してもいい場所”ではある」


女の子の目に、かすかな光が宿る。


「……思い出す?」

サーヤは、微笑った。


「うん」

「思い出せなくてもいいし」

「思い出したくなかったら、無理しなくていい」


「ただ」

「安心して座ってていい」


レオンが、静かにカップを置く音がした。

店の外で、風が鳴る。

メロン君が、ぽつりと呟く。


「……じゃあ」

「ここに来たの、間違いじゃなかった?」


サーヤは、即答した。


「うん」


迷いなく。

「それだけは、間違いない」


女の子は、ゆっくりと目を閉じ、

それから、深く息を吐いた。


プリンの皿の横で、

溶けかけたアイスが、静かに形を変えていく。


答えは、まだ遠い。


でもこの場所には、

問いを置いていってもいい時間があった。


——それだけで、今日は十分だった。



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