第九章 scene8 そういうメニュー
昼下がり。
カフェの扉が、控えめに鳴った。
「……いらっしゃいませ」
サーヤが顔を上げる。
入ってきたのは、男の子だった。
十代前半くらい。
一人。
少し緊張した様子で、でも視線はまっすぐ。
観光客でもなさそうで、
常連でもない。
席に着くと、メニューを開く。
指が、止まった。
《メロンクリームソーダ》
ほんの一瞬だけ、
眉が、わずかに動いた。
男の子
「……これ、ください」
レオンとサーヤの動きが、同時に止まる。
一拍。
サーヤ
「……はい」
レオンは何も言わず、グラスを用意した。
翡翠色のシロップ。
炭酸。
白いアイス。
静かに、丁寧に。
カウンター越しに、二人は目配せをする。
(……初見で?)
(……迷わず?)
⸻
メロンクリームソーダが置かれる。
男の子は、少しだけ戸惑ってから、
スプーンでアイスを一口。
ストローに持ちかえてソーダを
一口。
——止まる。
ほんの数秒。
男の子は、グラスを見つめたまま、
小さく息を吐いた。
「……あ」
それだけ。
説明も、感想もない。
でも、次の瞬間。
もう一口。
今度は、ゆっくり。
レオンは、視線を外したまま、ぽつり。
レオン
「……どうだ?」
男の子は、少し考えてから言った。
「……なんか」
「理由はわからないけど」
「これ、知ってる気がします」
サーヤの指が、ぴくっと動く。
男の子は、照れたように笑った。
「前に、飲んだことあるような」
「でも、いつとか、どこかとかは――」
首を振る。
「思い出せないけど、でも美味しいです」
店内に、静かな沈黙が落ちる。
レオンは、コーヒーカップを磨く手を止めない。
サーヤは、にこっと笑って言った。
「……そういう人、たまにいるよ」
男の子
「ほんとですか」
サーヤ
「うん」
男の子は、安心したように、またストローをくわえた。
⸻
会計を済ませて、男の子は立ち上がる。
扉の前で、一度だけ振り返った。
「……また、来ます」
扉が閉まる。
鈴の音が、消える。
⸻
しばらくして。
レオン
「……なぁ」
サーヤ
「うん」
レオン
「今の」
サーヤ
「うん」
「……たぶん」
レオン
「だよな」
二人は、メニュー表を見る。
《メロンクリームソーダ》
理由も、説明も、書いていない。
レオン
「……呼んでるな」
サーヤ
「うん」
カフェの外で、風が鳴った。
——このメロンクリームソーダは、
たぶん、そういう飲み物だ。




