第九章 scene5 帰る場所
写真は、カウンターの奥に飾られた。
額縁なんて立派なものじゃない。
木枠に、レオンが削った留め具。
少し歪んでいるけど、外れない。
4人並んだ写真。
だいぶピンぼけ。
誰か一人、ちょっと動いているみたい。
たぶんテッド。
でも、ちゃんと写っている。
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昼下がり。
カフェは静かだった。
豆を挽く音。
カップを置く音。
サーヤは、何度目かの視線を写真に向ける。
レオン
「……気になるのか?」
サーヤ
「うん、どうしてるかなぁ、あの2人」
レオンは、湯を落としながら言う。
レオン
「……逃げてるか」
「売れてるか」
「たぶん、両方だな」
サーヤ
「はは」
写真の中の荷車を見る。
看板の文字は、にじんで読みにくい。
でも、確かにそこにある。
サーヤ
「……最初、売れなかったらどうするんだろ」
レオン
「戻ってくるだろ」
サーヤ
「即答だね」
レオン
「帰る場所、あるって知ってるやつは
遠くまで行ける」
サーヤは、少しだけ黙った。
そして、写真に向かって小さく言う。
「……ちゃんと焼いてるといいけど」
⸻
その頃。
街道沿い。
木の多い分かれ道。
昼と夕方のあいだ。
荷車が、きぃ、と止まった。
テッド
「……ここでいいかな?」
クルス
「あぁ、人の流れ、悪くないよな」
看板を立てる。
《焼きたて ハンバーガー》
テッド
「……本当に売れるのか、これ」
クルス
「考えるな」
「焼こう!」
鉄板に、パテを置く。
じゅわっ。
音と匂いが、広がる。
通りがかった男が、足を止めた。
男
「……なんだ、その匂い」
テッド
「焼きたてだよ」
男
「……パンに肉?」
クルス
「そうです。片手で手軽に食えますよ」
男
「……腹にたまる?」
テッド
「保証する」
男
「……じゃあ、それひとつ」
⸻
一個目。
包み紙が、少し破れてソースが、指についた。
男が、かぶりつく。
男
「…ん!…うまいな、これ」
クルス・テッド
「!」
男
「もう一個、違うやつもくれ」
⸻
そこから。
足が止まる。匂いで、止まる。
「何だ?」で、止まる。
「港のピリ辛ってなんだ?」
「チキンはあるか?」
「さっきの、もう一回」
テッド
「……ちょ、待て」
「焼くの追いつかねぇ!」
クルス
「落ち着け」
「肉は逃げねぇ」
テッド
「客は逃げる!」
⸻
日が傾く。
包み紙が、減る。
肉も、減る。
テッド
「……なぁ」
クルス
「なんだ」
テッド
「俺たち、ちゃんと商売してるぞ」
クルス
「……ああ」
「ちゃんとやれてるな」
テッド
「だな」
⸻
夜。
荷車の前で、二人並ぶ。
残ったのは、パン一枚とソース少し。
テッド
「……完売」
クルス
「初日にしては上出来だ」
テッド
「……なぁ」
クルス
「ん?」
テッド
「コーヒー、飲みたくね?」
クルス
「……ああ」
同時に、同じ方向を見る。
遠く。
街の灯りの向こう。
クルス
「……帰る場所あるな」
二人、笑う。
荷車の看板が、夜風に揺れた。
《焼きたて ハンバーガー》




