第九章 scene2 ピント
翌日、温泉街を出るころには、夜はすっかり深くなっていた。
レオンが工房で買い求めたものが
革袋の中で、金属部品が小さく触れ合う。
薄い結晶板。
削りかけの枠。
魔力を通す細い線。
テッドが袋を覗き込む。
「……意外と普通だな」
クルス
「“普通に見える”ように作るのが肝なんだろ」
レオンは、黙ったまま部品を確かめている。
もう頭の中では、組み上がっている顔だ。
帰り道。
温泉街の灯りは、少しずつ背後に遠ざかる。
サーヤ
「……温泉、よかったなぁ」
テッド
「生き返ったな」
クルス
「飯もうまかった」
レオン
「……ああ」
その声は、どこか柔らかい。
お土産袋の中で、
蒸しショコラが、静かに揺れた。
⸻
カフェに戻ると、
レオンは片付けもそこそこに作業台へ向かった。
部品を並べ、布を敷き、ランプの位置を変える。
サーヤは、何も言わずにコーヒーを淹れる。
クルスとテッドは、黙って椅子を引く。
カチ。
カチ。
カチ。
時間の感覚が、少しずつ消えていく。
やがて。
レオンが、顔を上げた。
「……できた」
テーブルの上には、見慣れた形だけど、
どこか“違う”カメラ。
レンズの奥が、ほんのり光っている。
サーヤ
「撮れる?」
レオン
「たぶん」
⸻
翌朝。
看板のきしむ音。
遠くで、誰かが笑う声。
4人、並ぶ。
レオンが、カメラを構える。
「……動くなよ」
テッド
「無理言うな」
クルス
「黙れ」
サーヤは、自然に笑っていた。
カチ。
一瞬、
空気が、静止する。
⸻
数分後。
現像皿代わりの魔導板の上に、
ゆっくりと、像が浮かび上がる。
輪郭は甘い。光はにじんでいる。
誰かの顔は、少しずれている。
でも。
ちゃんと、4人いる。
テッド
「……おぉ」
クルス
「写ってるな」
レオン
「……写った」
サーヤは、写真を覗き込んで言った。
「だいぶピンぼけ!」
「でも、いいね」
レオンは、何も言わずにうなずいた。
⸻
しばらくして。
クルスが、ふっと視線を上げた。
「あのさ」
テッドも、頭をかいた。
「……その、移動販売用の荷車」
サーヤ
「うん?」
クルス
「俺たちに、貸してくれないか」
一瞬、静かになる。
テッド
「そろそろ、俺ら行くよ」
レオンが、二人を見る。
サーヤも、わかった顔で息を吐いた。
サーヤ
「……いいよ、貸す」
テッド
「即答だな」
サーヤ、少し笑う。
「ちゃんと返しに来るでしょ」
クルス
「……ああ」
テッド
「コーヒー飲みに、な」
⸻
早々に準備して荷車は、カフェの前から静かに動き出す。
振り返らない。
でも、手は上げる。
レオンは、カメラを下げたまま言った。
「次、撮るときにはもう少し、ピント合うはずだ」
テッド
「期待しとく」
クルス
「じゃあな」
荷車の音が、遠ざかる。
サーヤは、店の前に立ったまま、風を感じていた。
店の中で、
コーヒーの香りが、静かに待っている。
荷車が、まだ角を曲がりきらないうち。
サーヤが、ぽん、と手を叩いた。
サーヤ
「……あ」
レオン
「…ん?」
突然、走り出したサーヤ。
走りながら「…その荷車待ったぁぁぁ…
クルス!テッドぉぉぉ…」
と追いかける。
レオン「……えぇ?…」




