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第一章 scene11 帳簿

文字に慣れてきた頃。

サーヤは、ずっと気になっていた古い帳面を手に取った。ハルトの字ではない、母親の字?


革表紙は擦れて、角は丸い。

長く抱えられてきた“重さ”が、そのまま形になったみたいだった。


ページを開いた瞬間――息が止まる。


数字。

数字。

数字。


だけど――整っていない。


書かれてはいる。でも途中で途切れている。

現実に負けそうな時に、人が数字から目をそらす瞬間の跡。


サーヤは炭筆を握りしめる。

現実から、目を背けたのね。

だったら。もう一度現実に向き合わないと。


深呼吸して、紙を広げる。


売上。

仕入れ。

支出。


頭の中で、線がつながっていく。

昔の知識が、身体の奥から勝手に這い出してくる。


数字はただの事実。その事実を“武器”に変えられるかは、考える人間の仕事。


――整理。

――分類。

――仮の計算。


メニューの価格。

材料の回転。

減っているもの。残っているもの。

客の入りの波。


数字が、ただの数字じゃなくなる。


 

その時だった。


「サーヤ?」

後ろから声。


振り返ると、ハルトが立っていた。

そして、娘の前に広げられた整理された数字

冷静な分析と、未来に向いた手の跡

――それを見て、完全に固まった。


「……お前……

それ、全部……分かって、やってるのか……?」


声が震えていた。叱るでもなく、疑うでもなく。

戸惑い。


救われたい気持ち。


サーヤはまっすぐ父を見た。


「うん。そうだよ。わたし数字が好きみたい!」

ハルトは息を飲む。

「好きってお前…、そんなことまで教わってたのか」

サーヤは、炭筆で数字を軽く叩いた。


「結論から言うね」

少し笑う。


「このままじゃこの店まずいわ」


一拍。

ハルトの肩がピクリと動いた。


そしてサーヤは強く言い切る。

「でも、まだ間に合う!」


一瞬。

空気が変わった。


ハルトの表情から“疲れた店主”の影が、ほんの少しだけ剥がれ落ちる。


「……本当……なのか」


サーヤはうなずく。


「うん。ただ――」


ニッと笑った。

「ちょっと、本気出さないとダメだけどね!」


静寂。


次の瞬間――


ハルトは吹き出すように笑った。

深く、息を吐くみたいに。


頭をガシガシとかいて、


「……サーヤ……

いつの間に……そんな顔するようになったんだよ」


その声は、どこか嬉しそうで、どこか少し悔しそうだった。


そして――


彼は、真正面から娘を見た。子どもじゃなく。

同じ場所で戦う者として。


「頼む。一緒に、この店を立て直してくれ」


サーヤは、胸の奥が温かくなるのを感じながら――笑った。


「もちろん。ここはわたしと父さんの店だからね」

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