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第八章 scene12 観測点

薄暗いカフェの奥。

引き出しの秘密扉の中は、外の喧騒が嘘みたいに静かだった。


サーヤは、手帳と時計を並べて床に広げている。

写真、図、走り書き。

港町の下水門、という文字。


サーヤ

「……港の“下水門”って、どこだと思う?」


クルスは壁にもたれて腕を組む。

目は閉じているが、話はちゃんと聞いている。


クルス

「港町に限らず、“下水門”ってのはだいたい3つある」


サーヤ

「3つ?」


クルス

「表に見えるやつ。

 荷揚げ場の裏。

 それと――」


目を開ける。


クルス

「誰も使わなくなった古い流路だ」


テッドが、頭を抱える。


テッド

「待て待て待て」

「港、下水、転生、世界の境目?」

「俺の脳みそ、今さ、悲鳴あげてる」


クルスは、淡々と続ける。

「まず前提な」


「俺たちが追われてる理由は、“盗みの失敗”じゃない」


テッド

「……だな」


クルス

「依頼主は、最初から俺たちが失敗する可能性も考えてただろうし、場所さえ掴めればよかったのかも」


サーヤ

「次の“観測点”……」


クルス

「そう」

「人が集まる場所」

「流れが交差する場所」

「そして、“境目”になりやすい場所」


指を一本立てる。


クルス

「港は、おそらく条件を全部満たす」


テッド

「人も物も、行き来しまくるからな」


クルス

「で、その“下”」


床を軽く指で叩く。


クルス

「表の港は人目が多すぎる」

「“何か”があるなら、絶対に表は避ける」


サーヤ

「じゃあ……」


クルス

「古い下水門」

「昔の港の名残」

「今は地図から消えてるか、名前が変わってる」


テッド

「……それ、どうやって探すんだよ」


クルスは、ちらっとサーヤを見る。


クルス

「この街で、“一番古い話”を知ってるやつに聞く」


サーヤ

「……港の古老?」

「それとも――」


レオンが、静かに言う。


レオン

「写真だ」


一同、そちらを見る。


レオン

「俺の手帳の“ズレた写真”」

「同じ港を写してるのに、建物が違うだろ」


サーヤ

「……うん」


レオン

「それは、“昔の港”だ」

「今は埋め立てられて、上に街が乗ってる」


クルスが、ふっと息を吐く。


クルス

「つまり――」


テッド

「つまり?」


クルス

「今の港の下に、もう一つ港がある」


テッド

「………………」

「……はぁぁぁぁ」


頭を抱えてしゃがみ込む。


テッド

「え?掘るの?無理だぞ」


サーヤは、苦笑しながらも真剣だ。


サーヤ

「……じゃあ、ヒントは2つ」

指を折る。


サーヤ

「・古い港の写真」

「・下水門に繋がる、使われなくなった流路」


クルス

「それを知ってるのは――」


サーヤ

「港の修繕をしてきた人」

「……か、地下を知ってる人」


テッド

「……ヤバいやつ?」


一瞬、沈黙。

外で、朝の市場が完全に動き出す音。


サーヤは、立ち上がった。


サーヤ

「……よし」

「港に戻ろう」


テッド

「は? 戻るの?」


サーヤ

「“表”じゃない」

「“裏”を探す」


クルス

「追ってくるぞ」


サーヤ

「うん」


一拍置いて、静かに言う。


サーヤ

「でも――」

「向こうも、もう動いてる」


懐中時計が、微かに熱を持った気がする。


テッド

「……なぁ」


サーヤを見る。


テッド

「俺さ、もう巻き込まれたってことでいい?」


サーヤは、ほんの少し笑った。


サーヤ

「……ごめんね」

「でも、たぶん――もう逃げられない」


テッド

「だろうな」


クルスが、扉に手をかける。


クルス

「行こう」

「港の“下”へ」





港の外れ。


朝の喧騒から少し離れた場所に、古い石積みの下水門があった。潮の満ち引きで半分だけ水に沈み、

苔と塩で色を失った扉。


装飾はない。

看板もない。

ただ――使われ続けてきた跡だけがある。


テッドが、顔をしかめる。

「……なあ」

「宝箱とか、魔法陣とか、そういうの想像してたんだが」


クルス

「期待しすぎだ」


サーヤは、下水門の前で立ち止まった。


近づくにつれて、胸の奥が、微かに引かれる。

(これ……音が、違う)


波の音じゃない。

水の流れでもない。


何かが、向こう側から“呼吸している”音。


レオンが、低く言う。

「ここだな」

「“観測点”」


下水門の脇。

壁に埋め込まれた、古い鉄輪。


サーヤの視線が、自然とそこに吸い寄せられる。


(……錨)


誰かが、ここで立ち止まり、

誰かが、ここから先に進んだ。


その“跡”。

サーヤは、懐中時計を取り出した。


――カチ。


蓋が開いた瞬間、時計の針が、ぴたりと止まる。


テッド

「……止まった?」


クルス

「いや……違う」


針は、止まっていない。

“今”を指している。


今、この場所。

この瞬間。


下水門の奥から、かすかに、光が漏れた。


向こう側に、別の港がある。

別の空。

別の時間。


サーヤの喉が鳴る。

「……入口?」


レオン

「正確には、分岐点か?」


扉には、鍵穴はない。魔法陣もない。

代わりに、石に刻まれた、薄い文字。


minori


サーヤの名前じゃない。

奥さんの名前でもない。


“役割の名前”。


サーヤは、無意識に一歩踏み出す。

クルスが、腕を掴んだ。

「おい、危ないって」


サーヤ

「……わかってる」


でも、視線は逸らさない。

下水門の向こうにあるのは、答えじゃない。


戻るか、留まるか、閉じるか、開くか。

選択の結果が、見える場所。


テッドが、乾いた声で言う。

「……で?」

「ここで何が起きるんだ?」


サーヤは、懐中時計を胸に当てて答えた。


「起きるんじゃない」


一拍。


「起こすかどうかを、決める」


下水門の奥で、水が、ゆっくりと逆流を始めた。



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