第八章 scene9 旅の意味
サーヤは、深く息を吸った。
「……ねぇ。一回、整理しよ」
四人が、自然と円になる。
石の床の冷たさが、頭を冷やすみたいだった。
サーヤは、レオンを見る。
「あなたは、“カメラの旅”に出た」
「各地を回って、写真を撮るって言ってた」
レオンは、短く頷く。
「それは本当だ」
「じゃあ」
サーヤは続ける。
「そのあと、わたしに手紙を送った?」
「写真つきで」
レオンの眉が、ぴくりと動いた。
「……いや」
「送ってない」
空気が、止まる。
サーヤ
「え?」
「じゃあ……」
言葉を探しながら、サーヤは口にする。
「あの人は?」
「戦場ナースで、前世で一緒だったって」
「あなたを好きだったって言ってた……彼女」
レオンは、はっきり首を振った。
「知らない」
「そんな女は、いなかった」
テッドが、息を呑む。
クルスは、何も言わない。
サーヤ
「……じゃあ」
「わたしが戻った時、彼女は?」
レオンは、少し間を置いてから答えた。
「誰も、いなかった」
静寂。
クルスが、耐えきれずに言う。
「なぁ……」
「前世って、なんの話だ?」
サーヤ
「ごめん、後で説明する!」
「今はちょっと待って!」
クルスは口をつぐむが、目は真剣だ。
サーヤは、レオンに向き直る。
「……じゃあ」
「あなたは、どうやって戻ったの?」
レオンは、壁にもたれて話し始めた。
「写真を撮りに出た」
「でも、途中で感光紙がなくなって」
サーヤ
「……うん」
「どうやって手に入れるか考えてて」
「ふと、思ったんだ」
レオンは、苦笑する。
「……そもそも、フィルム手に入るのか?って」
「で、その時」
「カメラを開けた」
サーヤの指が、ぴくっと動く。
「中に……手紙が入ってた」
「場所が指定されてた」
「半信半疑で行ったら――」
一拍。
「……とんでもない手帳が出てきた」
クルス
「手帳?」
レオン
「世界のこと」
「人の名前」
「起きてない出来事」
「……全部、書いてあった」
サーヤの背筋が、冷える。
「それで、急いで戻った」
「そしたら――」
レオンは、サーヤを見た。
「お前が、いなかった」
「近所に聞いた」
「そしたら」
声が、少し低くなる。
「変な女が来てたって」
「怪しいやつらが、出入りしてるって」
沈黙。
サーヤは、懐中時計を見た。
裏の刻印。
中の紙。
(偶然じゃ、ない)
テッドが、腕を組む。
「……つまり」
「誰かが、“嘘の役”を作ってた?」
クルス
「しかも、前世とやらまで使って」
サーヤは、ゆっくり頷いた。
「……わたしたちの記憶」
「知ってる人しか知らないはずのこと」
「それを」
「“先に”使われてる」
レオンが、低く言う。
「だから言った」
「お前は、ヤバいとこにいる」
サーヤは、息を吐いた。
「……うん」
「やっと、輪郭が見えてきた」
テッドが、苦笑する。
「なぁ」
「俺ら、ほんとにとんでもないとこに首突っ込んだな」
クルス
「今さら降りられない」
サーヤは、顔を上げた。
「……ここまで来たら」
「全部、見よう」
時計。
手帳。
偽の彼女。
依頼主。
「誰が、何のために」
「“わたしの人生”を使ってるのか」
サーヤは、少しだけ肩の力を抜いた。
「あ、……ごめん」
「さっきから置いてきぼりだったよね」
クルスとテッドを見る。
二人とも、ふざける様子はなく、ちゃんと“聞く顔”をしていた。
「簡単に言うね」
一度、言葉を選んでから。
「わたしは――この世界の人間じゃなかった」
「前は、別の世界で生きてた」
テッド
「……は?」
クルス
「待て」「冗談じゃない顔だな」
サーヤ
「うん、冗談じゃない」
少しだけ笑ってから、続ける。
「事故みたいなもので死んで、気づいたら、ここにいた。記憶は、そのまま。名前も、考え方も」
「……前の人生の全部を持ったまま」
クルスは、ゆっくり腕を組んだ。
「……それが“転生”?」
サーヤ
「そう」
テッド
「じゃあ、前世ってのは……」
サーヤ
「前に生きてた人生」
「わたしにとっては、“前の現実”」
少し間。
「レオンもそう」
「ボルト爺さんも、そうだった」
「奥さんと一緒に、転生してきたって」
「それは本人から直接聞いてる」
クルスの視線が、時計に落ちる。
「……だから英語?の刻印か」
サーヤ
「うん」
顔を上げる。
「でもね」
「“minori”って名前は、前世のわたしの名前」
「ボルトさんにも」「レオンにも」
「……誰にも話してない」
テッドが、低く言った。
「……つまり」
サーヤ
「知ってる誰かがいる」
「しかも、“前の世界”のことを」
沈黙。
クルス
「……俺たちが雇われた理由」
「それは、時計じゃなくて」
サーヤ
「わたし、かもしれない」
空気が、重くなる。
テッドが、頭をかいた。
「……はぁ」
「ファンタジーかと思ったら、急に現実的で嫌だな」
サーヤは、小さく笑った。
「わたしもそう思う」
クルスが、真剣な目で言う。
「じゃあ、その依頼主は」
「転生の仕組みを知ってるか」
「……それを利用してるか」
サーヤ
「たぶん、両方」
レオンが、短く言う。
「だから急いで隠した」
「手帳も、時計も」
サーヤは、懐中時計をそっと握った。
「……これ、ただの思い出じゃない」
「“鍵”なんだと思う」
テッド
「鍵?」
サーヤ
「どこかに続く」
「もしくは――誰かに、辿り着く」
クルスは、少し考えてから言った。
「……なぁ」
サーヤを見る。
「信じるって言ったら」
「重いか?」
サーヤは、首を振った。
「ううん」
少しだけ、間を置いて。
「一緒に考えてくれたら、それでいい」
テッドが、ふっと笑う。
「……最初から、そのつもりだけどな」
クルス
「逃げるだけの旅じゃなくなったな」
サーヤ
「うん」
「探す旅になった」




