第八章 scene5 逃亡
「……もう時間ないよ」
遠くで、ゴォン……低く、腹に響く音。
派手マントが顔をしかめる。
「積み替えの合図だ」
青年
「貨物室が開くタイミングで出よう」
派手マント
「正気か? 見張りもいるぞ」
サーヤ
「正面よりマシだよ、はやく貨物室行こう」
「ほら役割決めよう」
青年が低い声で、手短に。
「俺が先。貨物室の様子を見る」
「マントは後ろ。何かあったら騒ぎを引き受けろ」
派手マント
「おい、盾扱いかよ、てか名前マントって」
サーヤ
「わたし、サーヤよ。わたし真ん中ね」
「時計は、絶対に離さない」
3人、目が合う。
もう迷いはない。
青年
「…俺はクルスだ…行くぞ」
マント「あ、俺」
サーヤとクルス 「マントね」
マント 「おい、あ、ちょっと待てって」
⸻
船内の通路は、灯りが落とされていた。
足音を殺す。
壁沿いを進む。
遠くで、木箱を動かす音。
船員の声が、反響する。
貨物室の扉の前。
クルスが耳を当てる。
数秒。小さく頷く。
「……今はいない」
きぃ……。
扉が、ほんの少し開く。油と木と海の匂い。
サーヤは息を止めて、中へ滑り込んだ。
積まれた木箱。
布をかぶせた荷。
樽。
マントが囁く。
「ここだ。奥」
3人、箱の影に身を潜める。
――直後。
ガンッ
金具のぶつかる音。
船員の声。
「積み替え準備!裏桟橋につけるぞ!」
サーヤの心臓が、どくんと鳴る。
クルスが、小さく言う。
「一回きりだ」
「扉が開いた瞬間、走る」
マント
「走るの得意か?」
サーヤ
「今日、温泉街で鍛えた」
マント
「頼もしいな」
笑いはない。でも、空気は折れていない。
船体が、ゆっくりと向きを変える。
軋み。波音が近づく。
――ガタン。
貨物室の外で、錠が外される音。
サーヤは、時計をぎゅっと握った。
クルスが指でカウントダウンをする。
3.
2.
1.
扉が開く――。
夜の空気が、なだれ込んできた。
「――今!」
3つの影が、闇へ跳び出した。
裏桟橋。
濡れた石。
ランプの死角。
港の喧騒は、正面側に集中している。
誰も、こちらを見ていない。
マントが、息を切らしながら笑う。
「……成功、じゃね?」
サーヤは止まらず言った。
「まだ“消える”までは終わってない」
クルスが頷く。
「街に入る。人に紛れる」
3人は、同時に走り出す。
背後で、船が低く汽笛を鳴らした。
次の港。
依頼主が待つ街。




