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第八章 scene2 取り返す

時計は、戻ってきた。


派手マントの男が、渋々差し出したそれを、

サーヤは受け取る。


重み。

金属の冷たさ。


指先が、ほんの一瞬だけ震えて――

ぎゅっと、握りしめた。


「……よかった……」

それだけ言って、サーヤはその場にしゃがみ込む。

甲板の板が、思ったより硬い。


サーヤ

「……ちょっと……水……」


青年が無言で水筒を投げてよこす。

サーヤは受け取り、蓋を開けて、一気に飲んだ。


喉が焼けるみたいに痛い。

でも、水が落ちていくたびに、現実が戻ってくる。


(……足、やば……)

ふくらはぎが、じんじんと悲鳴を上げている。

走りすぎた。完全に。


サーヤは、息を整えながら、時計を胸元に戻す。

カチ、と小さな音。


……ある。ちゃんと、ある。

それだけで、少しだけ世界が安定した。



顔を上げる。

目の前には、あの二人。


派手マントは、手すりにもたれ、気まずそうに視線を逸らしている。青年は、相変わらず静かだ。


サーヤ

「……で?」


声は、もう荒れていない。


「どういうこと?」

「あなたたちの話、本当なの?」


派手マントの男が、鼻の頭を掻く。

「……少なくとも、“盗む理由があった”ってのは本当」


サーヤ

「理由?」


青年が、低く答える。

「俺たちは依頼された。金も、条件も、かなり良かった」


サーヤ

「……誰?」


派手マントは、すぐには答えない。

代わりに、さっきの写真を指で弾いた。


「温泉街のもんじゃねぇな」


サーヤの背中に、冷たいものが走る。

「……あの写真、どこで手に入れたの?」


青年

「俺たちは知らない」


派手マント

「『この女が持ってる時計』ってな」


サーヤ

「……時計のことも?」


青年

「最初から指定されてた」


サーヤは、無意識に胸元を押さえる。

(……狙いは、最初からこれ)


じゃあ、あの写真は?

頭の中で、ひとつの名前が浮かぶ。

(……レオン?)

でも、すぐに首を振る。

(違う。レオンは、こんな回りくどいことしない)

胸の奥が、ざわつく。


サーヤ

「ねぇ」

「その依頼主、顔は?」


派手マントの男が、少しだけ困った顔をする。

「……直接は会ってねぇ、代理人だ」


サーヤ

「特徴は?」


青年

「……妙に詳しかった」

「お前の動きも、過去も」


サーヤの心臓が、どくんと鳴る。

(わたしを知ってる人間)

(しかも、この世界で)

サーヤは、深く息を吸って、吐く。

「……なるほどね」

顔を上げる。目はもう、揺れていない。


「とりあえず、ここで揉めても答えは出ない」


派手マント

「……じゃあ?」


サーヤは、夜の海を一瞬だけ見てから、二人を見る。

「話を聞かせて。最初から全部」

「わたし、いま――」

少しだけ、口角を上げる。

「何に巻き込まれてるのか、ちゃんと知りたい」


夜行船は、静かに進む。

時計の重みが、胸元で確かに時を刻んでいた。


そしてサーヤは思う。

(……これは、ただの盗難じゃない)


(“誰か”が、わたしの人生を――

 もう一度、動かそうとしてる)


次の一手は、

もう、逃げることじゃなかった。

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