第八章 scene1 追跡
港は、夜でも眠っていなかった。
魔導ランプが桟橋を照らし、
縄がきしみ、波が船腹を叩く。
出航の鐘が――
ゴォン……
その瞬間。
「──待って!!!!!」
声が、港に響いた。
振り向く客。
眉をひそめる船員。
桟橋を必死で走る影。
サーヤだった。
息は切れている。
足は限界。
それでも、目だけは、まっすぐ前を射抜いている。
甲板の端にいた二人が、同時に振り返った。
派手なマントの男。
黒髪の、静かな青年。
男
「……は?」
青年
「……来たぞ」
サーヤは、最後の力で叫ぶ。
「その船、待てぇぇぇ!!!」
船員
「おい! もう出るぞ!」
サーヤは跳んだ。
桟橋と船の隙間。一瞬、空を切って――
ドンッ
甲板に転がる。
息を整える暇もなく、顔を上げる。
目の前に、あの二人。
派手マントの男が、信じられない顔で言う。
「……え、なにお前」
「追いかけてきたの?」
サーヤは立ち上がる。
胸が大きく上下している。
「当たり前でしょ……!」
甲板がざわつく。
「喧嘩か?」「知り合い?」
青年が、低く言った。
「……ここで騒ぐな」
サーヤは一歩踏み出す。
「騒ぐよ!返してもらうまで」
派手マントが、軽く笑う。
「返すって、なにを?」
サーヤは、一瞬も迷わず言った。
「わたしの時計」
「それ、あんたたちでしょ」
空気が、ぴしっと固まる。
青年の視線が、わずかに逸れた。
派手マントが舌打ちする。
「……ちっ」
船員が近づいてくる。
「おい、なんの騒ぎだ?」
サーヤは一気に声を張った。
「この人たちに盗まれました!」
「証拠はこれから出しますけど、降ろすなら今です!」
甲板が一気にざわめく。
派手マントの男が、慌てて両手を振る。
「待て待て待て!」
「誤解だって! な?」
青年が、小さく言う。
「……まずい」
派手マントが、サーヤを睨む。
「おまえ、ほんとに大騒ぎする気か?」
サーヤは、一歩も引かない。
「するよ、捕まえてもらう。絶対許さない!」
一瞬の沈黙。
そして――
派手マントが、観念したように肩を落とした。
「……わかったよ、返す気はある」
「船員さん、ちょっとした行き違いっす」
船員は疑わしそうにしながらも、
ひとまず様子を見ることにしたらしく、距離を取る。
甲板のざわめきは、完全には消えない。
派手マントが、声を落とす。
「俺たち、頼まれただけなんだ」
サーヤ
「……は?」
男は、懐から紙を一枚取り出す。
ひらり。
そこに写っていたのは――
ボルト爺さんのカフェにいた頃の、サーヤの姿。
青年が淡々と補足する。
「細工も特徴も指定されてた」
「ネックレス型の時計だってこともな」
サーヤの背筋に、冷たいものが走る。
(……誰が)
思わず、口をつく。
「……誰に?」
派手マントの男は、視線を逸らしたまま言った。
「それは――」
そのとき。
船が、静かに港を離れる。
水音が深くなり、桟橋の灯りが遠ざかる。
逃げ場は、もうない。
派手マントが、ぽつりと吐く。
「……言ったら、面倒なことになる」
サーヤは、静かに返した。
「もう、なってる」
甲板の上で、三人の影が魔導灯に揺れる。
夜行船は、闇の海へ進んでいく。
サーヤは一歩詰めた。
「とりあえず、時計返して」
派手マントが、即答する。
「……それは無理だ」
「今は、な」
サーヤ
「もう付き出したりしないから、理由を知りたい」
「ただ――事情を話して」
二人は、短く視線を交わす。
沈黙。
そして青年が、低く言った。
「……選択肢、ないな」
――ここから先は、
否応なく、同じ旅だった。




