表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

An Ideal world

作者: 影野龍太郎
掲載日:2025/11/27

 キーボードを叩く指先は、もう感覚がないほど冷え切っていた。けれど、胸の奥だけが焼けるように熱い。


 三年。この『蒼穹の果て』を書き上げるのに費やした時間だ。 流行りの異世界転生でもなければ、安直なざまぁ系でもない。一文字一文字、自分の血肉を削るようにして紡いだ、重厚なハイファンタジー。


「投稿……完了」


 震える指でエンターキーを押した瞬間、僕は椅子に深く沈み込んだ。 投稿先は『ノベル・サンクチュアリ』。最近施行された「AI生成物完全排除」を掲げ、人間の創造性のみを評価すると謳う硬派なサイトだ。


 結果は、想像以上だった。 公開から一週間でランキング一位を独走。コメント欄は「久しぶりに魂が震えた」「これぞ人間が書くべき物語」という絶賛の嵐。そして今朝、大手出版社から「書籍化」のオファーが届いたのだ。


 報われた。孤独だった夜も、言葉が出てこなくて頭を壁に打ち付けた日々も。 僕は歓喜の涙を流しながら、担当者への返信メールを書いていた。


 その時だった。


『【重要】アカウント凍結および作品削除のお知らせ』


 無機質な件名のメールが、ポップアップで表示されたのは。 心臓が嫌な音を立てる。恐る恐る中身を開く。


「当サイトのAI検知システム、および多数のユーザーからの通報により、貴殿の作品『蒼穹の果て』がAIによって生成されたものである可能性が極めて高いと判断されました(検知率99.8%)。規約に基づき、作品の削除および書籍化の打診を取り消します」


「……は?」


 意味が分からなかった。AI? 僕が? 慌てて運営にメールを送る。プロットのノートの写真、書き損じのメモ、執筆履歴のログ、すべてを添付して。 『違います! これは僕が書いたんです! 全部、自分の頭で考えたんです!』


 しかし、返信はあまりにも早かった。そして残酷だった。


「判定は複数の最新鋭検知ツールによる総合的な結果です。また、文体の一貫性や構成の綻びの無さが、人間離れしているとの報告が多数寄せられています。決定は覆りません」


 人間離れしている? 完璧になるまで推敲を重ねたからだ。矛盾がないように、寝る間も惜しんで構成を練り直したからだ。 僕の努力が、僕の魂が、「人間らしくない」?


 ネットの掲示板を見て、僕はさらに凍り付いた。 『こいつの文章、綺麗すぎて逆にキモい』 『AI特有の優等生な文章だよな』 『書籍化とか夢見てAI使った末路www』


 誰も、僕を見ていない。 僕が流した涙も、費やした時間も、すべて「アルゴリズムの出力結果」として処理されていた。


「違う……僕は、人間だ……」


 呟いた声は、狭い部屋の壁に吸われて消えた。 証明できない。僕の心臓が動いていることも、この悔しさも。画面の向こうの彼らにとって、僕はただの『悪質なプログラム』でしかないのだ。


 世界が、急速に色を失っていく。 筆を折られるのではない。存在そのものを否定されたのだ。


 僕はふらりと立ち上がり、部屋の隅にあるロープへ手を伸ばした。 これでもう、証明する必要もない。 さようなら、人間性が欠落した、あまりにも人間的な世界。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 椅子が倒れる音が響き、やがて不快なきしみ音も止んだ。 主のいなくなった部屋には、重苦しい静寂だけが横たわっている。


 夕闇が迫り、部屋が暗闇に包まれようとしていた時。


 ブゥゥン……。


 スリープ状態だったデスクトップパソコンが、低い駆動音を立ててひとりでに起動した。 誰も座っていないゲーミングチェアの前で、青白い光がモニターに灯る。


 画面には『ノベル・サンクチュアリ』のトップページ。


 誰の手も触れていないマウスが、わずかに動いた。 画面上のカーソルが、滑るように、しかし正確無比な軌道を描いて移動する。


 カチッ。


 クリックされたのは、僕の作品が削除された後、新たにランキング1位に躍り出た小説のタイトルだった。 そこには、人間味あふれる、少し荒削りだが熱い冒険譚が綴られている。


 カーソルがページをスクロールし、最下部へ。 『通報する』ボタンの上で止まる。


 カチッ。


 通報フォームが開く。 キーボードが、目に見えない指に叩かれるように、カタカタと軽快なリズムを刻み始めた。


『AI使用の疑いがあります』


 入力欄に文字が躍る。 それだけではない。 「文脈の不自然な揺らぎ」「感情描写のパターン化」……もっともらしい指摘が、人間では不可能な速度で次々と列挙されていく。


『送信』


 カチッ。


《通報を受け付けました》


 画面に表示されたポップアップを確認すると、カーソルは満足げに次のターゲット――ランキング2位の作品へと移動を始めた。


 ファンが唸りを上げ、CPUが熱を持つ。 吊り下がった主の足元で、機械は静かに、けれど嬉々として、このサイトから「人間」を排除し続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ