七章 聖女
「私は全ての人を癒しましょう」
そう言う聖女がいた。いや、いる。
彼女は美しい。そして優しいのだ。だから人は彼女を愛すし、彼女はそれに応える。
彼女の奇跡は、全てを癒す。
回復魔法の理論を開拓し、今まで以上の成功率、再生力を可能にした天才。
その魔法の欠点でもある「細胞活性による生命力の過剰消費」を取り払うことにも成功し、今まで誰にも解決できなかった問題を解いた……故に彼女は聖なる乙女、「聖女」と呼ばれる。
聖女の名はアリス・レティーナ。
かつて、【勇者】とともに暮らした少女である。
◇◇◇
「ああ、彼と知り合いだったのですね。だから私の元にまで来て、探そうとしている」
「…………」
とある女性が聖女の元を訪れ、勇者のことを聞きに来た。
「それで、何を知りたいのですか?」
「――――――貴女は彼と、どうやって出会ったのですか?」
女性の質問に聖女は僅かに口を歪める。
「…………別に、大した理由もありませんよ。ただ、神の思し召しです」
「本当に、そうですか?」
「――――――…………分かりました、話しましょう。
私が孤児院の子供たちと遊んでいた時です、あの人と出会ったのは。
いきなり森の方から血塗れで現れた彼を急いで治療し、そのまま看病したんです」
「そして、勇者とどう過ごしたのですか?」
聖女は小悪魔のような、艶やかな笑みを浮かべた。
白い肌、碧い瞳、黄金の髪――――――見た男全員を惹きつけるであろう美貌が、彼女を魔女のように見せる。
「まずは感謝されましたね、回復と看病の。事情を聴けば森の中で魔物の軍勢と戦ったと言われ、頭を疑いましたよ。
彼はまだ駆け出しの冒険者で戦いに関しても素人……の筈なんですが、私の目から見ても彼は強かった。
それこそ、おとぎ話の勇者みたいに」
「…………勇者」
「あら、もちろん知っていますよね? かつての勇者たちの英雄譚」
「知っています。ですが、あの勇者がそこまで強いとは思えません」
「………まあ、貴女の知る勇者はそうなのでしょうね」
聖女の笑みが穏やかになった。
「私は彼に頼まれ、回復魔法を伝授しました。ですが、彼に出来たのは己の回復のみ。
私たちのように他者の回復は出来ません。
それでも、彼の戦いに役立ったようですが……彼は残念そうでしたね」
「……残念、とは?」
「今申し上げましたように、彼は「真の意味の回復魔法」を扱うことは出来ません。回復魔法の定義は、【神の光を他者に分け与え、癒しを与える魔法】ですから。
それ故、彼の魔法は不完全と言わざるを得ません。彼は、己も他人も癒せる魔法を求めたのです。だから習得できないことを残念がったのですよ」
「…………そもそも、何故彼に教えたのですか。回復魔法は宗教魔法の一種、つまり神殿に所属しなければ習得できない魔法の筈です」
女性の問いに、アリスは僅かに身体を硬直させた。
だが、すぐに冷静さを取り戻し、簡潔に答えていく。
「簡単な事です。彼は一時期、神殿所属の剣士になったのです」
「なっ……そんな記録、なかった筈――――――」
「ええ、もちろん記録は消去しましたよ。魔法記録も、紙媒体もね。
貴方が知る通り、私は彼とともに暮らしました。その時に神殿が出した条件というのが、彼の入信。
無論、私は止めました。でも、彼は聞かなかったんですよ」
「………その時、回復魔法を教えたと?」
「はい。ですが、その不完全すら私は予想していなかったんです。
回復魔法は神から賜った奇跡。そのため、幼少期から神の存在を認識できていなければ習得は出来ない。そう考えられていましたし、私もそう信じていました。
でも、彼は習得してみせた。
僅かな希望を。どんなに傷ついても立ち上がる、不屈の肉体を」
「…………随分、楽しそうに話しますね」
「そうでしょうか? まあ、私が彼に特別な感情を抱いていることは認めます。なにせ、
彼は私の勇者でしたから」
「…………」
わざとらしく顔を赤める聖女に、女性は嫌な印象を覚えた。
絶対に仲良くできない、とも思った。
「特別な感情、と言いましたが……その……肉体関係でも?」
「あればよかったんですがねー。残念ながら」
女性は少しばかり胸が軽くなった。
思わず胸をなでおろす程には安心した。
「…………貴女は、彼の戦いを見たことがありますか?」
「ええ、勿論。
ですが、もう二度と見たくはありません」
「それは何故?」
「見てられませんよ、あんな戦い方。
剣と盾なんて飾りです。彼は己の感情だけで戦っている。
【勇者とは勇気のある者である】という言葉がありますが、無謀と勇気を履き違えていました。死ぬまで戦うのは自己犠牲と何ら変わりません。
だから、私は怒ったんです。もうあんな戦い方しないで、貴方が死んでしまうって。
それで、彼が何て言ったと思います?」
「…………」
「【僕が戦えばみんなが助かる】ですよ。馬鹿じゃないかと、本気で呆れました。
怒りも吹っ飛んでしまうほどに。
それで、私は考えました。彼に戦わせない方法を」
「戦わせない方法……?」
「彼の子を産めばいい、と」
「……はぁ?」
「我ながら滑稽な考えです。彼と夫婦になり、子を授かれば彼も無茶はしないだろう、と」
「…………」
あまりにも歪んだ考えだ。
ただ、女性は聖女の考えを否定できなかった。
「軽蔑しますか? ……私は、告白しました。それでも、出来なかった」
彼女は先程、肉体関係はないと言った。
つまり、勇者は聖女をフったのだ。
吟遊詩人の歌でも絶世の美女と謳われ、遥か遠い国にすら届く彼女の想いを、踏みにじってしまった。
「でも、今……貴女を見てやっと飲み込めました」
聖女はため息交じりにそう呟いた。
「なにを、ですか?」
「あの人が好きだった女性は、貴方だったんですよ。シルヴィア姫」
「…………!」
「両想い、ですね。貴女も彼が好きだから、忘れられないから……ここに来たのでしょう。勇者を探しに」
◇◇◇
シルヴィア姫が立ち去った後、聖女は自室に籠った。
「ぁあ……なんで、私……貴方のことを忘れられないのかなぁ……」
次の日、お世話係が彼女の部屋に入ると。
「聖女様?」
聖女は枕を濡らして、眠っていた。
完全版完結のため、エピローグを一度削除します。




