外典 辺境の騎士(後)
王女の命令からすぐ、防衛部隊が編成された。
最小限の兵を王都に残し、他の部隊は全軍出撃する。
「さぁ、行くぞ勇者ども!」
『オォォ――――――ッ!!!!』
王女はカリスマだった。彼女の言葉で兵たちは奮起し、実力以上の力を発揮する。
だが。
それでも、どうしようもないことがあるのだ。
いくら凡人たちが努力しようと、選ばれし者にしか解決できない状況。それが、勇者がいない状況で起こってしまった。
「なんだよ、これ……」
兵の一人がそう呟いた。
村は壊滅し、家屋は崩壊。人の気配が感じられない。
騎士には、どうすることも出来なかった。
「嘘だろ……みんな……誰か、誰かいないのか! 返事をしてくれ!」
無論、避難したという可能性もある。
いや、あった。
「ぁ……」
あの少女の死体を見つけるまでは。
「ぁ……ぁああああ……ッ!」
『きっとなれるよ! 勇者! 頑張ってね!』
『すごーい努力してる。きっと報われるよ!』
『神様だって、貴方を見てるから!』
おぼろげに蘇る記憶の数々。
彼女の声が騎士の頭で木霊する。以前、王女に「何故」を問われた時……恥ずかしくて言えなかったこと。
少年は、少女に報いるために騎士になった。
絶望に打ちひしがれる騎士に、一人の兵士が近寄る。
「行きましょう、騎士様。これは、弔い合戦です」
「…………そうだな。すまない、往こう」
涙を振り払い、騎士は剣と盾を構える。
森の奥から出てきたのは魔物の軍勢。兵力は拮抗、もしくは魔物優勢。
どうでもいい。数なんぞどうでも。
「全部、叩き斬る!」
「ゆけ、我が騎士たちよ! 穢れた者どもを討ち払え!!!!」
(ああ、殿下は優しいなぁ……涙、拭いてくださいよ)
王女は涙を流していた。いや、元々涙もろいのだ。
側近の絶望を感じ取り、自身の哀しみに変換する。その感受性こそ、彼女の特性であった。
カリスマの所以でもある――――のかもしれない。
「うぉおおおお――――――っ!!!!」
結果、魔物の軍勢を押し返すことには成功した。
だが、あまりにも多くの血が流れた。出撃した軍の半数近くが死亡、もしくは重症の状態。
王女自身も戦い、大怪我を負った。
「王女、殿下……!」
騎士は治療テントへと運ばれた主の元へ向かう。
そして、絶句した。
彼女の顔――正確にはその両眼が、多量の出血を起こしていたから。
「…………おぉ、お前か……すまんな、今……目が見えないのだ……安心せよ、すぐに、治る……」
そんな筈がない。
彼女の両眼は完全に切り裂かれ、眼球そのものが抉られていた。これでは回復のしようがない。あの魔法は人間の再生能力の範疇で、その速度を加速させる魔法だ。
故に、失ったものは再生できない。精々、失った臓器の補助が限度となる。
「殿下ぁ……!」
「声が、泣いておるぞ……お前は、我らは、勝った……勇者もいない状況で、この程度の損害なのだ……安いものだろう……」
「安い……そんなわけがないでしょう殿下! 貴方の瞳は私たちを導いたんだ、貴方には、その責任があるでしょうが!」
「…………」
「貴方には、その未来を見る責任が、あるでしょう……‼」
「…………だが、もうどうしようもないのだ。我の目は、もう……」
「あぁ、クソ……クソぉ……!」
その時、奇跡が芽吹いた。
「…………⁉」
「お、王女殿下……お腹が、光っております!」
「なんだと……コレは、力が、湧いてくる……?」
その光は腹部を駆け上り、彼女の瞳へと到達した。
「お、ぁ……ああああああああああ!」
「殿下ぁ‼」
光が止むと、王女は立ち上がった。
「で、殿下、お身体に触ります! それに、今の光が……」
「よい」
「し、しかし……」
「よいのだ……身体が、すこぶる調子のよい……それに、傷も……目も、見える……光が、我を……」
「ま、まことですか⁉ 光が、見えておられる……⁉」
「何事です⁉」
光を見た医者たちが急いでテントに入ってきた。
そこで検査を行っても、王女の身体に異変はなく健康そのものだった。
「いったい、何が……おや?」
「どうした」
「探知魔法に何かが引っ掛かりました……これは、まさか……」
「なんだ、どうしたというのだ!」
「…………胎児……」
「なに?」
「妊娠されております」
「なんと⁉」
本来ならめでたい事……だが、今の状況で言われてもどう喜んで良いものか。騎士はそう思った。
「殿下、光は下腹部から発生したのですか?」
「ああ、そう感じた」
「では、お子様のお力でしょう。魔王誕生の予兆でしょうが、それに対抗する力を持った王族がこの方である……そう考えられます」
「…………」
「そうか……ありがとう、我が子……お陰で、未来が見える」
◇◇◇
「…………帰還するぞ!」
「殿下」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
「私は、ここに残ります」
「…………何だと?」
「この故郷の復興を見守ります。そして、魔物の侵攻を食い止めます」
「お前一人で、何ができる。今回のことで分かっただろう? この戦いは、一人で終わるものではない」
「それでも、繋ぐことはできます」
「繋ぐだと? いったい何を」
「希望を」
騎士の目に、迷いはなかった。
「私が守ります。私は、騎士ですから」
勇者になれなかった男は、それでも勇気を持っていた。なけなしの欠片を振り絞って、その命を懸ける覚悟を決めた。
「………もう良い。お前から近衛の位を剝奪する、その代わり、この地の守護者に任じる」
「…………はっ!」
そして、騎士は守護者となった。
「きしさまー?」
「おぉ、どうした? 何か用でもあるのかい?」
「はい、これー」
「花……?」
森で何度か見かけた、桃色の花。名前は知らないが、かなり珍しい種類のはずだ。
「これを、私に?」
「いつも守ってくれるおれー!」
「…………ありがとう。これで私は頑張れる……あと、もうお家に帰りなさい」
「なんでー? まだおひさまたかいよー」
「危ないからさ。それと、村長に言ってくれるかい。『来た』と」
「わかったーじゃあね、きしさまー。またあしたー」
「ああ、じゃあね」
幼女が去った後、騎士は剣と盾を構えた。
「さぁ、お仕事の時間か」
魔王軍の侵攻。それが十数年ぶりに行われた。
「かかってこい、魔物ども――――――!」
◇◇◇
「どうしたのです、勇者アルス」
「いや、これ……」
魔王城攻略作戦。魔王城への道のりで、勇者がそれを見つけた。
騎士の、白骨化した死体だ。
鎧が骨を守り、原形を遺したまま座っている。大木に寄りかかり、死に様を想像させる。
「この方が、あの……?」
「姫様?」
「……いえ、何でもありません」
そういいながらも、シルヴィア姫は手を合わせ、祈った。
黙祷。
戦士たちは姫に倣い、祈りをそれぞれの形で捧げる。
「ありがとう。貴方のお陰で人間が生き残った」
勇者の言葉に、騎士の魂が笑った。




