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どうして勇者と呼ばれたのか  作者: 乙川せつ


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2/20

一章 少年

それでは、語ろう。

とある《勇者》の物語を。

 少年はとある農村で生まれた。

そこは王国の辺境で、魔族領とは反対側に位置する。魔物襲撃など受けたことがなく、ただのんびりとした生活が流れていた。


「父さん、いくよ」


「こいっ」


 剣の腕で右に出るものなどおらず、村の中で大人含め最強だったらしい。そしてその後、その理由を知ることになる。

 その日、己の運命を知るのだから。


 もう、逃げられない。


「……平和だなぁ」


 少年の日課は川で昼寝をすること。村の風物詩ともなっていたそれは、少年にとって至福の時だった。

その日の睡眠は特別深く、ぼんやりとした景色を見ていたという。


『来るな、来るな化け物!』


『やめて……やめて下さい!』


『……誰だ……? 君たちは、いったい……』


 顔も見えぬその人物―――己より更に若い子供たちに怯えられる夢。それは少年にとって苦痛以外の何物でもなかった。

 平和な村で暮らし、笑顔が絶えない生活を送ってきた彼にとってその見えない視線は心を大きく抉る槍となった。しかし、夢はそこで終わらない。


『これは、剣……? どうして、僕がこんなものを……』


 最初から握っていた剣に気付き、すぐに投げ捨てた。


『……な、何なんだ、これは……!』


 そこで少年は目覚めた。それは余りの辛さ故か、それとも……。


「――――――……夢?」


 少年は自分に起きたことに対し驚愕していた。生まれてこの方、そこまで現実感のある悪夢を見たことがなかったからだ。

 少年の右手には、まだ剣の感触が残っている。


「それはただの夢ではない」


「えっ」


 少年の背後に現れたのは黒ローブの男。顔はフードで見えないが、相当年を取っていたようだ。無論少年に面識はない。村人ではないのはすぐに分かった。

では、この男は誰なのか。


「あ、貴方は誰?」


「私は……そうだな、私のことは《案内人》とでも呼んでくれ」


「あ、案内人?」


どこへの、そう少年が問う前に《案内人》が話し出す。


「だが、そうか……今代が目覚めたのは《それ》か……まったく難儀なものだな、勇者というのも」


「勇者? その言い方、まるで僕が勇者様みたいじゃないですか」


「事実そうだ。貴様が今代の魔王討伐を背負う者であり、人類の英雄だ」


 少年は驚く気すら失せていた。この手の詐欺師に付き合ってやる暇はない、そう言わんばかりに立ち去ろうとするが、《案内人》は口を閉じない。


「貴様が先程見た悪夢、それはただの悪夢ではないぞ。それは未来の景色、つまりお前がこの先歩む修羅への道だ」


「………ははっ、何を言うんですか。僕がそんなことするワケが」


「するさ。君は優しい」


「…………っ」


 少年は川から逃げ出した。……何故?


怖かったからだ、自分が命を奪う存在になることが。見たくなかったからだ、あのような惨劇を。


 しかし、 運命は彼を逃がさない。


 次に彼の瞳へと映った景色は、炎に巻かれた村の姿だった。


「な、なんだよこれ……何が――――――」


「魔族の襲撃だ」


 そう答えたのは《案内人》。黒ローブはただ無機質にそれだけを伝えた。


「な、なんで……ここは魔族領と真反対なんだぞ!」


「正面と反対から挟み撃ちにする。それは普通の戦術だ」


「そんなっ!」


『グルァアアアアアアアアアアアア!!!』


「あ、あれは……」


 咆哮の先にいたのは、赤く巨大なトカゲ【サラマンダー】。そしてサラマンダーの眼前には、少年の友人が倒れていた。

サラマンダーは静かに口を開き――――――。


「や、やめろ……―――――――――」


 その時だった。少年の右手に現れた光の刻印……それこそ、勇者の証。


 少年の記憶はそこで飛んでいる。次に意識が戻ったのは、サラマンダーの死体の上で佇んでいた時だった。もう、全てが終わっていた。

 血濡れた己の身体が酷く気持ち悪い。自分に嫌悪感を持ったのは初めてのことだった。少年は、自分が勇者なのだと自覚させられる。


「僕が…………勇者? ははっ」


 渇いた笑いが木霊する。


しかしそれは誰にも届くことはなく、弱々しく消えていった。


「…………遂に、目覚めてしまったか」


「村長……母さん」


「本当に、お前が……信じたくないよ、あたしゃ、お前といたい……」


 少年の母は大粒の涙を流した。そこで少年は、自分だけが―――いや、大人たちは知っていたのだと気が付いた。自分に気負わせないためであり、本当に勇者になってほしくなかったからこその沈黙だったことも。


「母さん……僕……勇者になっちゃった」


「うっ、うぅ……!」


 声にならない嗚咽を漏らす母の姿に、少年の胸が締め付けられる。自分が勇者として生まれなかったら、こんな顔をさせずに済んだのに、と。


「《案内人》が……言ったんだ……僕は、修羅の道を歩むって。魔物の子供を殺すって。言葉を話す敵と戦うって」


「やめて」


「僕は、行かなくちゃ」


 それは運命故か? それとも怒り故か?


 否、少年の心を埋め尽くすのは哀しみだけだった。多くの村人の死体が横たわり、家屋が燃えている。その景色を目に焼き付けた少年は決意する。


「僕は《勇者》になる」


「……行かないでおくれ……私を、一人にしないでおくれ……父さんも、お前もいなくなったら、私は……」


 そこで、少年は父の死を知った。


「…………ごめん。僕は、行くよ」


 少年の眼は揺るがず、ただ未来を見つめていた。


「…まったく、あの人に似て、頑固なんだから……。これ、持っていきな」


「これは?」


 母から手渡されたのは古びた剣。しかし、よく手入れがされているのが分かる。

鞘から引き抜くと鉄の刃がきらりと光った…鎮火していく炎を反射し、僅かな揺らぎをもって。


「父さんが傭兵時代に使ってた愛剣さ。あんたに見つからないよう隠しておいたんだけど……あの人も許してくれるだろうさ。それに、勇者が武器もなしに旅するもんじゃないよ」


 確かに、少年は武器を持たない勇者を知らなかった。


「…………ありがとう」


「本当なら、お主を皆で送り出したいが……今はこの有り様じゃ。皆、鎮火や治療で手一杯になっておる。……すまんのぉ」


「村長、大丈夫。僕ももう16歳だ、一人で行けるから」


「気を付けるんじゃぞ、皆でここで……待っておるからな!」


「さぁ、行ってきな。私の可愛い坊や」


「…………うん。――――――行ってきます」


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