外典 辺境の騎士(前)
それは魔王軍が侵攻し始めた頃、その始まりだ。
「きしさまー、こんにちは!」
「おお、こんにちは。森は危ないから気をつけてな」
「はーい!」
その男は辺境の村を守る騎士だった。フルプレートの鎧に身を包み、たった一人で民を守る守護者である。
今日もいつも通り、平和な日常を守る――――はずだった。
「おい、聞いたか? 魔王が誕生したって話……」
「ああ、出現したのがこの村の北だから……」
「真っ先に襲われるのはこの村……」
魔王が誕生したことで魔物が日に日に強くなっている。それは最前線で戦う騎士も分かっていた。
だが、だから何だというのだ。
「俺がこの村を守る」
そう誓う騎士の心には、かつての情景が浮かんでいた。
「ねぇ、いつまで剣を振ってるの?」
「いいだろ、俺の勝手だ!」
若き頃、青年は騎士を目指し己を鍛えていた。
魔法の才能もなく、特に秀でた力を持つわけでもない。ただ、努力する才能だけは一人前だった。
何百回も、何千回も、何時間も、何日も、何十日も、何年も。剣を振って、振り続けた。その結果、村一番の剣士となった男は、王都へと旅に出る。
「弱い、家で修行でもしてろ」
「くそっ……」
ただ、現実はつらかった。
天才、秀才たちによって青年は何度も打ち倒された。それでも、諦めなかった。
「…………っ」
負けて、鍛えて、負けて、鍛えて、負けて、鍛えて、負けて、鍛えて、勝って、負けて、勝って、負けて、鍛えて、鍛えて、鍛えて、鍛えて、鍛えて、勝って、勝って、勝って、鍛えて、鍛えて、鍛えて、鍛えて、鍛えて、鍛えて、鍛えて、勝った。
「うぉおおおお――――――ッ!!!!」
執念、そうとしか言いようがない想いの力は……天才を打倒した。
「ま、参った……」
それが、青年の強さとなった。
その後、王都で実力を示した男は王国兵へと志願。着実に功績を挙げていったその先に、騎士へと任命される。
少年だった騎士は誰もが憧れる存在へと至った。
「それで?」
だが、騎士となった後……王女から言葉をかけられた。
「ごきげんよう王女殿下。……して、それでとは……」
「貴様はそれで、何を成すと問うておる。まさか、騎士になって終わりだとぬかさぬさろうな?」
「…………それは」
騎士は、言葉に詰まった。
少年は騎士になりたかった。青年はそのために鍛えた。そして、騎士となった。
その先のことなど、考えたこともなかった。
「…………」
「図星か。それでは別の問いだ……何故貴様は騎士となった?」
何故。何故?
騎士がぽつりと、己の本心をさらけ出す。
「……勇者に……なりたかったから……」
「ほぅ。これはまた……大きく出たのぉ。勇者、それは魔王を討つ者。貴様にその大儀が果たせると?」
「分かりませぬ。……ただ」
「ただ?」
「私は、この国を守る騎士にございます」
「…………くっ。くぁ、あっはっはっはっはっは!!!!」
「…………殿下?」
「よい、よいぞ! 貴様を我の近衛騎士に任ずる! 我のため国のため民のため、馬車馬のように働けよ!」
「…………はっ!」
このことをキッカケに騎士は王女に気に入られてしまった。
しかしこの王女というのが曲者で……。
「のぉ、あのドラゴンうざくないか?」
「して、どうしろと?」
「討て」
「…………はっ」
「あの男爵良いな、我が夫にしよう」
「は? あの方は辺境貴族で、王になるには爵位が足らず……それにまだ十四歳ですが」
「やかましい。我の命じゃ」
「…………御意」
騎士は様々な面倒ごとを押し付けられた。
――――――押し付けられぬとも、巻き込まれることが多々あったが。
「……殿下、流石に今回は不味いのでは?」
「は? 何がじゃ」
「男爵殿……婿殿は跡取り息子、つまりあの家には後継者がおりませぬ」
「よい、それが目的じゃ」
「といいますと?」
「我は思うのよ、魔王の進軍に対しどう対処するか」
「……?」
「貴族制の良いところは優秀な逸材を取り入れやすいというとこじゃが、指揮系統の分散という欠点がある」
「まさか……」
「そう、アヤツの領地は魔族領の近辺。故に魔王城攻略に最も重要な拠点となるだろう」
「殿下はそのため、婿殿を取り入れたのですか?」
「そうじゃな。……まあ、顔がタイプだったのもあるが」
絶対本音後者でしょ、とは言えなかった。
こうして騎士の生活は順風満帆……とまではいかなくとも、満足したものが送れていた。
しかし、それも長くは続かなかった。
「殿下! 魔物の侵攻です! 恐らく魔王復活の予兆かと……」
「防衛準備。最前線に騎士団及び兵団の総力を集結させよ!」
『はっ!』
病で倒れた王の代わりに王女が指揮を執ることになった防衛戦。その舞台は……。
「ここじゃ」
「なっ」
「…………どうした、顔が優れぬぞ」
「い、いや……。ここは……ここは……俺の、故郷……!」
「まことか……?」
その戦いは、あの村で行われた。




