最終章 理由の約束
「僕は、君に負けるワケにはいかないんだよ」
「…それは、君が勇者だからか?」
「ああ」
勇者と魔族は互いに睨み合っていた。
そこは魔族領と王国領の国境線付近。最終決戦のために進軍する人間軍に対し、魔王が送ってきたのは弱そうな魔族の青年。
紫の肌が特徴的で、瞳は美しく光る緑だった。剣と盾を構える姿は、人間にとってどこか見覚えがある構えとなっている。
「それに、過去の勇者たちが築いたこの平和を破る魔王たちを、僕は許せない!」
「平和を破る……か」
人間の勇者が言った言葉に、魔族は言葉を詰まらせる。
たとえ魔族側に理由があっても、人間からすればそれが事実であり、変えようのない過去なのだ。
それを理解しているからこそ、青年は剣を握っている。魔王を守るため、家族を護るため。
――――――己の誇りを、守るため。
二人の戦士は己の名を知らしめる。
「時とともに忘れられ、いつかは消えゆく幾星霜。遥か未来は届かぬ雲也。
その世界を守るため、我は勇者の任を全うせん!
我が名は最後の勇者―――――――――――――――アルス・ヴァーグ!」
「刻むぞ、世界を。届かぬ希望は手繰り寄せる!
明日の一歩を歩むため、今ここに我の時間を始めよう!
我が名は、シャルナ。魔族を守る剣である!」
二人の戦士が激突する。
「来いっ、人間の勇者よ!」
「――――――ファイアボルト!」
「ダークボルト!」
炎雷と黒雷が衝突する。
二つの雷はやがて消え失せ、勇者たちは剣で斬り合う。
「俺だって、ここで負けられないんだ……死ね!」
「そんなこと知るもんか! お前たちが殺してきた人たちに、僕は誓ったんだ! 絶対に勝つって!」
「それは、俺とて、同じ!」
勇者たちは互いに斬ってきた相手を思い起こす。
兵士、騎士、市民、獣――――――。
それらの因果が巡り廻って彼らに集結した。勇者たちは殺しの因果を背負う者、それは遥か過去から結ばれた因果の決まり。この世の理そのものだ。
「僕は」
「俺は」
「「勇者なんだ!」」
人間の勇者、魔族の勇者……彼らが築いてきたのは屍の丘、それ以外の何物でもない。彼らは自ら守りたいもののために、己を修羅に堕としたのだ。
「魔族!」
「人間!」
少年たちは剣を振るう。
(未来視――――――)
「せぁっ!」
神から授かった権能、未来視が発動する。数秒後の未来を見る権能であるそれは、かつての勇者が保有した予知夢とは似て非なるもの。
【魔術・閃】
魔力で構築された斬撃が放たれ、魔族の勇者を両断する。
「なっ……」
勇者、お前たちは愚かである。
「…………」
屍を超えていけ。
涙?
不要。
殺せ。
進め。
唱えろ。
護れ。
見ろ。
これが、お前の見たかった景色だ。
「勇者……?」
敵が勇者だったということ……そして、自分たちが殺してきた意思ある存在の家族を想像する。
勇者の戦いぶりを見て、畏怖を抱いてしまう騎士や兵士たち。
しかし、三人を除き一人だけ……彼女だけは違った。
「さあ、皆さん行きましょう」
「姫……?」
王女の眼は未来だけを捉えていた。
魔王を倒すという希望の明日を。そして、更に後の明日を想いながら。
「全軍進撃」
途中にあった魔族の村々を滅ぼし、多くの敵を虐殺した。
これではこちらが魔王だな、という自虐を捨て、
「殲滅です」
その非情な命令を出す王女の顔は、苦悶の表情で包まれていた。
戦いは人間軍優位で進んではいた。が、無論死者や負傷者が出ていく状況が続いている。そんな中、彼らの長たる王女は……ただ一撃の為に力を蓄えていた。
そしてその時は、突然に。
「来たか……勇者たち」
「ようやくここまで来たよ。魔王、僕たちがお前を倒す!」
「言葉は不要、我は絶望そのもの……希望もなく死んでいけ!」
黒い魔力の塊であるその存在は、正に人を殺す災害だ。
その絶望に立ち向かう、真の勇者。そしてその背中を支える多くの兵士たち。
彼らはいつか、遠い日の物語にて「英霊」と語られるであろう。
そして王女も、重責に耐えた英傑として。
「いこう、シルヴィア!」
「えっ……」
「アルタイル、メルド、ジークフリートさん!」
「「「⁉」」」
「僕たちが戦いを終わらせます――――――だから、道を、切り開いてください!」
「…………承知した、勇者殿」
「任せろ、我が友よ!」
「英雄の力、お見せしよう!」
人類の奥の手、英雄の三人が先頭に立つ。
そこは死地であると、彼らが一番良く分かっている。ただ、それでも……。
世界のため。
友のため。
未来のため。
「「「我ら英雄、ここにてその名を証明しよう!」」」
彼らが何の為に戦うのか、それを魔王は知らない。
ただ、三人の脅威を確かに認めたのだ。
「消えろ」
魔王の背後に現れたのは「魔族の武器」の全て。
過去、魔族が生み出し使い続けた武装が顕現する。
それらを操る王の魔法「王魔兵界」。
その中でも特に強力な武器たちが三人を襲う。
「装剣完了……。聖剣・完全解放。
『断つは全。大地を斬り、天空を斬り、龍を斬り、神を斬る。我の一刀は理を断つ。此処に刻むは我が覇道。一閃せよ、我が決意。聖剣、完全抜刀!』」
「固有魔法陣、速攻準備開始!」
「対神・対界継承術式、展開。魔術式攻撃門から、
対界式大心剣へと遍創。術式起動。
再動・開始。最大出力発動準備・魔力全装填完了。
――――――――神よ。我が一撃、受け入れ給え」
三者三様の詠唱。聖剣、魔法、龍剣―――。
――――――それぞれの奥の手全てを動員し、目前の脅威を打倒する!
「――――――【終焉と繋げる終末の剣】!」
「穿て、【ソニックド・ライトニングボルト】!」
「【破想龍剣・牙燐七星撃】」
一発一発が人類最高峰の必殺技。それら三つが折り重なった一撃は、視界に広がっていた魔王の武具を一掃する。
そして、一筋の道が出来た。
「いけっ、テト!」
「進め! ウィル!」
「走るのだ、勇者ディン!」
英雄たちが叫んだ名前はまったく違うものだった。ただ、それらの名前はたった一人の勇者を示していた。
疾走する勇者の背中を、英雄たちは感慨深げに眺めていた。
「ありがとう、みんな」
「勇者アルス……貴方は――――――!」
「――――――来ますよ、姫様!」
「!」
気付いて無くても、勇者は王女を愛したままなのだ。
「見事だ、勇者たち……我の全霊を、見せてやろう」
そう言うと魔王は、背後より千の武具を出現させる。
いや、影で見えないだけで万はあるのかもしれない。ただ、一つ言えることは、
「多い……」
それだけだ。
「あんな数、いったいどうすれば……!」
「――――――【想いよ届け、幾度の終わりを超えて希望へと昇華せよ。
第一「悲壮」。第二「決別」。第三「冒険」。第四「錬成」。第五「修練」。第六「友情」。第七「英雄」】」
「アルス……?」
それは、本来使えるはずのない大魔法。いや、正確に言えば大禁呪。
「【剣よ、顕現せよ――――――】!」
現れたのは光で構成された人間たち――――――英霊。
「皆さん、頼みます!」
魔王の武具が掃射された。
しかし、勇者に届くことはない。召喚……というより顕現された英霊たちが全て防いでいるからだ。
「ほぉ、人の理に触れているのか……我と同じ力を得たな?」
「ああ……僕たち人間の……今出せる全てだ!」
魔力で原子・分子を構築し、魔法建造物で世界を塗り替える大魔法【創造結界】。
本来は大魔導士レベルの魔力と魔法の才能が必要となるが、勇者は幾度も繰り返した転生と歴代勇者の魔力でそれをカバーしていた。
そして、最も足りぬ才能は――――――彼が握る剣が補う。
「――――――――――――――――――心象転写……!」
想剣シルヴィア、その権能は空想変化。
勇者の意思で形を変え、全勇者の記憶を宿している。一つに統合された力は、世界を歪めるに至った。
勇者の人生は、この世界で表される。
空間が魔力によって支配され、時間軸がズレた。
魔法を超えた術は、式を超えて理に介入。
「【創造結界】……⁉」
「バカな、ウィル……お前はそこまで……!」
「進めぇええええええええ――――――ッ!!!!」
「座標固定、魔法理論確定、現像漂白、現存結界再定理――――――!」
勇者が唱えたその呪文は、魔王城の景色を変貌させた。
大森林。
そこにはかつて実在していた英霊たちが立っている。人の世界に刻まれた「誰かの英雄」たちは、未来のために立ち上がったのだ。
無限の剣、槍、斧、鎖、鎌、杭――――――それらが一人の敵へと向けられていた。
口を開くことはない、表情も揺るがず、ただの光像品であることは変わらない。
それでも、その中に意志があることは事実だ。
遥か遠き英雄たちの森
全行程を省略せず発動した、完全なる結界。それがどれだけ強力か、分からぬ魔王ではない。
「姫様、ご自分を結界魔法で守ってください。合図をしたら……頼みます」
「…………分かりました。勇者、貴方を信じます!」
「ありがとう」
勇者はそれだけ言うと、一歩を踏み出した。
ニヒルな笑みを浮かべ、挑発するように歩むその姿は、魔王の神経を逆撫でた。
目前には、敵の歴史を背負う大魔王。
だが後ろには、自分を支える古今東西の英雄達。
ならば何一つ、問題はない。
「いくぞ、大魔王――――最後の人生は楽しかったか?」
「ふざけるなよ、人間……【魔界顕現】!」
魔王も同じく大魔法を発動した。
暗く、歪んだ地獄の景色。それは魔王が見てきた、不死の絶望。
(世界が奪われる……それでも!)
「消えるがよい。猿共が!」
「うぉおおおおお――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」
勇者は盾を投げ捨て、両手にそれぞれ剣を握る。
(僕は負けない……僕が見たい景色のために、僕が良い人生を送れたと言えるように!
世界の為に、人間のために、大切な人たちのために、シルヴィアのために!)
『それでよいのだ、勇者。
さぁ、敵は目の前だ。我が加護を受けし英雄よ、進みなさい』
「れ……」
少年は初めて、己の意思をさらけ出す。
「黙れっ‼」
(僕が戦うのは、僕の意思だ…………女神、貴女ではない!
諦めてたまるか……【僕は、僕】なんだ。
これだけは、譲れない。
僕は、僕が望んだ結末のために戦う!)
『…………』
一撃で粉砕されようとも、次の剣を装備して対抗する。ここでは武器が尽きることはない。
だが、精神力は徐々に削られていく。
「っ……【術式総動員・魔法式限界稼働】!」
その詠唱で英霊たちは自身の武装、その全てを起動。
無限の武器が魔王を貫き、鎖がその身体を拘束する。
「今だ……シルヴィアアアアアアア―――――――――――ッ!!!!」
「【女神よ、人をお守り下さい――――――】」
破邪の加護。
「聖火の光よ、共に至れ」
魔王の魂を守護していた魔の障壁が、聖女の炎によって焼き尽くされる。
これが、最後の一撃。
「終わりだ、魔王!」
吹き荒れる刃の中、勇者は天へと舞った。そして、二刀の剣は魔王へと。
焔を纏いし剣は、王の心臓を貫いた。
そして想剣シルヴィアは魔王の魂を砕き、二度と転生できないように消滅させた。
この瞬間、新たな勇者が生まれる可能性は無くなったのだ。
勇者たちの悲願は、叶えられた。遂げられた。
「…………」
死にゆく魔王は、何故か安堵の表情を見せた。
玉座から離れることも叶わない男は、残る力を振り絞って言葉を紡ぐ。
「あぁ……やっと解放されるのか……私は……礼を言うぞ、勇者たち」
「魔王、最後に言い残すことはあるか?」
魔王を打ち倒した時、勇者が質問した。魔王の最後を忘れないために。
「…………私は、もう疲れた……繰り返される螺旋の時を、私は何度も過ごしてきた……それも、勇者の手で終わったのだ。
ただ、魔族のために戦った……道半ばで倒れるのは歯痒いが、後悔はない。
人間の姫よ、魔族たちは魔王に従ったに過ぎぬ。どうか、慈悲を」
魔王は笑みを浮かべ、穏やかに目を閉じる。
「私は、永遠に眠る。君たち人間と魔族の未来に、希望の加護……あらんことを」
それは魔王が言うには酷く優しく、温かい遺言だった。
そして王女は、勇者アルスに宿る彼を見た。
「さぁ、帰ろう。みんな」
疲れ果てた兵たちを先導する勇者の背中を見て、その強さの理由を突き付けられた。
◇◇◇
そして、勇者たちは凱旋した。
国民は歓声を上げ、涙を流し、踊るように喜んだ。
「終わったんだな、アルス」
「そうだね……あ、そっちの名前で呼ぶの?」
「その方がいいだろう?」
「まぁ……確かに?」
「それで、姫様にはいつ言うんだよ」
「ぼくも気になる」
「オレも」
三人の英雄達に詰め寄られる勇者。
「まだ……かな。僕は勇者として時間がかかりすぎたし、作法とか何にも分からないんだ。王には」
「ンなことどーでもいい」
「大事なことは、君が彼女を好きかどうかだ」
「らしいぞ、勇者くん?」
「…………………………はい」
その後、数日に亘って行われた祭り。
人々は笑い、泣き、歌った。
「すごいな…………僕は、この景色が、見たかった…………」
「耽っているところ悪いが、そろそろ母親に顔を見せてやれよ」
「……そうだね」
あの日以降顔を合わせていない母に会うため、勇者は王都から出た。
「結構時間かかるんだよなぁ」
道中、かつて出会った受付嬢と出会ったが、結局泣かれていた。
「ごめんよ」
勇者はそう言うしかなかった。
先に死んでしまってごめん、それ以外に言えなかった。
村が見えてくると、勇者の足取りは沼にハマったかのように遅くなる。怖いのだ。
顔も変わってしまった自分を、母が気付いてくれるのか。
他人呼ばわりされた時のダメージがどれほどのものか、自分でも想像がつかない。
「―――――ルーク…………?」
「え…………」
まったくの杞憂だった。
「かあ、さん?」
「お前なのかい………ルーク……?」
「そうだよ…………母さん!」
母は年相応に老けていた。それでも、親子は変わらなかった。
「母さん、母さん!」
「ルーク……ありがとう………! 帰ってきてくれて、ありがとう………!
……おかえり……!」
十年の時を越えて、親子の再会は叶えられた。
村でも歓迎パーティーが執り行われ、王都とは違ったどんちゃん騒ぎが村中を包んだ。
「…………父さん、僕…………やったよ」
星空が広がる夜。
村の墓地で、父の墓に手を合わせる。
あの時助けられなかった父。最も尊敬した父に。
「僕、これからも頑張ってみるよ。王と姫から逃げてきたけど……いいよね。僕に王様なんてできっこないよ」
「駄目に決まっているでしょう」
「えっ⁉」
勇者の背後に立っていたのは、王女シルヴィア。
冷徹な眼光は、アルスの瞳を射抜いていた。
「ひ、姫様……どうしてここに?」
「俺達が連れてきた」
森から現れたのは数日前に別れた三人の仲間―――の二人。
「ジークフリートは来れなかったけどね」
「お前ら……!」
「勇者アルス!」
「は、はい!」
「貴方は勇者としての使命を果たしました。後は王としてこの国に尽くしてください」
「え、えっとぉ……お断り――――」
「出来ると思うか?」
「うぐっ」
この村に居る以上、常に動向は監視されるだろう。
結婚でもしようものなら―――――――――――考えたくもない。
「私が、貴方を支えますから」
「……?」
「プロポーズされてんだよ、お前。勇者ってのは姫様とくっつくモンだろーが」
「鈍感すぎないかい?」
「えっ」
戸惑うどころの騒ぎではない。
共に戦った姫に求婚される英雄など前代未聞……そもそも、かつての勇者たちも魔王を倒したら逃げていたのだ。
自分もそれに倣おうとしたのに、これでは――――――、
「……参ったな。僕に受け入れる理由はあっても、断れる理由がない」
「それって……」
「僕も貴方が好きですよ、シルヴィア姫」
剣聖と賢者は腹を抱えて笑いに耐えていた。
「ありがとう……それと、よろしくお願いします!」
「…………はい!」
ただ、まだ終わりではなかった。
まだ、終わるには早い。王女シルヴィアが確かめたかった、勇者の記憶。
「一つ、聞きたいことがあります」
「何でしょうか?」
黄金の髪に蒼く美しい瞳の少女、彼女の瞳は勇者の魂を見極めていた。
そしてそれの色が、見覚えのある……印象的な色をしていることにも気付いていた。
魔王戦の直前に出会った筈の少年に、これを問うことはおかしい。
それでも王女シルヴィアは言葉を紡ぐ。
かつての記憶を呼び起こし、明日へと進むために。
「私だけの勇者様――――貴方は私を。
――――――――――――――――――〝約束〟を、覚えていますか?」
「―――――――…………もちろんだよ、驚きの王女様
――――――ただいま!」
意地悪そうな、それでも明るい勇者の笑顔は、この物語を締めくくった。
冒険は終幕。
そして、人生が始まる。
そう。たとえ一つ、大きなことを成したとしても…………人生は終わらない。
むしろ、その後の方が長いだろう。
けれど勇者たちは前に進む。
『どうして勇者と呼ばれたのか』、それはまだ分からない。
――――――でも、勇者はきっと――――――。
次回、エピローグ。




