八章 何故、
「まさか、貴女から連絡が来るとは思いませんでしたよ」
そう言うのは、かつて天才と呼ばれた賢者にして大魔導士。
メルド・アーノルド。
「ええ、私も予想外でした。
もう一度、貴方を呼ぶことになるとは……大魔導士、メルド」
シルヴィア王女は笑顔を崩さない。
それでも、表情以上に真剣なのは見て取れた。メルドは、これが彼の話なのだと確信する。
「それで、何が聞きたい?
惚気話をしに呼んだわけでもないのだろう?」
「そうですね……では、単刀直入に申し上げましょう。
新たな《勇者》が見つかりました」
「…………何だと?」
この時代に存在する魔王はまだ生きている。
つまり、彼は――――――。
「アイツ、また死にやがったのか」
「……そのようです」
大魔導士は呆れたような、そして悲しそうに溜息を吐いた。
もう、何度目だろうか。
かつて友だった男を見送ったのは。
「なんだ、また人助けか。それとも魔族の襲撃か」
「今回は、一人で洪水の中…………一人の少女を助けるために戦ったと」
「…………チッ。まったくアイツは、人騒がせで…………お人好しだ」
それを罵倒するつもりもない。それを否定するつもりもない。
だがメルドは、死んでほしくないだけなのだ。
学院にて出来た…………生涯で最も大切な友に。
「俺を呼んだということは………遂に作戦が動くのか?」
「はい。魔王討伐作戦の準備が間も無く完了いたします。
騎士団、兵団、冒険者、宮廷魔導士の全軍をもって…………魔王を討つ」
「だが、それもアイツがいなければ成り立たない。
呼べたのか、勇者を」
「いいえ、まだです。でも、彼ならきっと来てくれる」
「なぜ、そう言い切れる。今回で魂が擦り切れたかもしれんぞ」
「彼は絶対に諦めない。だからこそ、我々は彼を勇者と呼ぶのではありませんか?」
「…………そうだな、貴女の言う通りだ。
だが、今回の作戦で倒せなければもう…………無理だろう?」
「その通りです。今回の作戦では勇者、剣聖、龍雄…………そして大魔導士である貴方の全員を招集します。それは我々人類が持つ切り札の全てであり、最後の奥の手。
故に、今回の失敗は人類の滅亡に直結するでしょう。
ですから、お願いします。
どうか、我々に力を貸してください」
王女が頭を下げた。
この国で最も階級の高い王族が、ただの平民に。それがどれだけ有り得ないことなのか、メルドが一番よく分かっている。
今まで頭を下げていた自分に、次期女王が頼み込む………それを見て、大魔導士メルドは笑った。
あまりにも可笑しくて、面白くて。
「ハァ――――ハッハッハッハッハッ!
貴女の覚悟は伝わったぜ王女様! いいぜ、人類のために戦ってやるよ。
アンタの愛する男のために!」
酷く、悪い笑顔をするメルド。
王女は安堵し、同時に歓喜した。
これで盤上の騎士たちは揃った。後は、舞台の上に上がるだけ。
「あー笑った。…………そうだ、一つだけ聞かせてくれよ。王女様」
「…………?」
「アンタはどうして、アイツに惚れたのか」
「………らですよ」
「あ? 何だって?」
王女は顔を赤らめ、モジモジと…………モゴモゴと口を開く。
勇気を持って話してもメルドの耳には聞こえず、彼は聞き返した。
「~~~~~~~っ!」
「?」
「だからぁ!」
王女の声はメルドの鼓膜を破りそうになる。
驚愕し、戸惑うメルドをよそに、王女は一人悶絶していた。
◇◇◇
時は経ち、魔王討伐作戦の三時間前。
既に王国の全軍及び、各国の援軍も到着していた。
現在いる場所は魔族領近辺のキャンプ地だ。
「…………ここか」
メルドはとあるテントに目を向けた。
立てかけられた札には簡素に、「勇者」とだけ書かれている。
「入るぞ」
「あ」
「…………久しぶりだな、ウィル」
「メルド…………久しぶりだね?」
「お前、また死にやがったな」
「いやぁ、アレはしょうがないというか、不可抗力というか」
「ふざけるな!」
「…………」
メルドは涙を流し、喉を震わせた。
声も絶え絶えになり、ただ思いだけをぶつける。
「俺達が、どういう想いでいると思ってる!
何度も友達が死んでるんだぞ、助けられないんだぞ…………
コッチが苦しんでんのに、お前はなんで笑っていられる! 一番辛いのは、お前の筈だろうが!
少しは悲しめよっ、泣けよっ…………あぁ。くそ…………」
「メルド…………」
勇者は、それでも止まらない。
「ありがとう、親友。
それでも…………僕は止まるワケにはいかないんだ。
僕は、何度も見てきたよ。魔族に殺される人の姿を、老若男女問わず殺す、魔族の姿を」
そうだ。戦ってきた年月分、見てきたんだ。
生死の争いを。
獣の最後を。
人の始まりを。
「…………あぁー。お前は変わってくれねぇもんなあ。
だから、今回は俺が……お前の道になってやる。
行くぞ、ウィル」
「そうだね……行こう。
これが、最後の戦いだ」
外には全ての戦力と、剣聖アルタイル・レアン・ヴァルノウド。そして、龍雄ジークフリート。
――――――先頭に立つのは、王女シルヴィア・フォン・エスタリア。
「お初にお目にかかります、姫」
「えぇ、勇者アルス……此度はご助力、感謝致します」
勇者は気付いていない。
姫が、自分の秘密を知っていることに。
余計な混乱を呼ばないため、王女も勇者に合わせる。
「行きましょう、皆さん」
「勇者の名のもとに、あなた方を守りましょう」
◇◇◇
「ぁ……」
「どうしたのです、勇者アルス」
「いや、これ……」
魔王城への道のりで、勇者がそれを見つけた。
騎士の、白骨化した死体だ。
鎧が骨を守り、原形を遺したまま座っている。大木に寄りかかり、死に様を想像させる状態で。
「この方が、あの……?」
「姫様?」
「……いえ、何でもありません」
そういいながらも、シルヴィア姫は手を合わせ、祈った。
黙祷。
戦士たちは姫に倣い、祈りをそれぞれの形で捧げる。
「ありがとう。貴方のお陰で人間が生き残った」
勇者の言葉に、騎士の魂が笑った。
「そろそろ魔王城が見えてくるはずです、皆さん気を引き締めて」
『はっ!』
「…………来たか」
勇者がそう呟く。
敵は、目前にいたのだ。剣と盾を備え、人間への殺意を鍛え上げて。
「……リベンジ、か」
ここで負けるワケにはいかないな、と少年は自分を鼓舞する。
「さぁ、やろうか」
「来い、人間」
次回、最終決戦。




