勇者の章 追憶Ⅳ
世界の為……なのか。誰かのため……の筈だ。
でも、僕は……僕の為に剣を振るいたい。剣は嫌いだ、それでも……後悔の波を超えて、鋼を握ろう。
きっと僕は、たった一つ……――――――譲れない願いの為に、世界を救うんだ。
「さあ皆さん、主へと祈りを捧げましょう。――――――いただきます」
『いただきます!』
この孤児院にお世話になり始めてから五日が経ち、だいぶ生活に慣れてきた。
ただ、食事前の祈りというものには疑問が浮かぶ。
僕達が食事を食べられるのは農民や狩人のお陰であり、神のお陰ではない。
そう考えると頭に疑念が湧き続けた。
「ライトさん、雑念が混じっていますよ」
「うっ」
この聖女、正確に心を読んでくるのだ。
僕が神に対する疑念を抱いたときや、どうでもいいことを考えているときには確実に指摘してくる。
神聖魔法を使うとこんなことが出来るのだろうか。
「……まったく、みんなは簡単にこなしていますよ?」
「…………ハイ」
ルールを守れていないのは僕の方なので何も言えない。
そして、更に時は流れていく……。
◇◇◇
「…………」
空を見上げ、天を仰ぐ。ああ、もう休めたかな。
「はぁ……っ!」
肉体から魔力が吹きあがる。
もう完治した。というより、戦う前より調子がいい。
「どこに行くつもりですか?」
「あっ」
剣と盾を抱え、外に出ようとした時――――――アリスに見つかった。
正直、僕の顔は歪んでいたと思う。
ここにいる理由はもうない、だから出ていこうとした。
「ライトさん、貴方はまだ出るべきではありません」
「いや、もう完治したよ? 君のお陰で助かった」
「駄目です」
「でも……」
「駄目なんです」
「…………ハイ」
それでも、その度に止められる。
まるで僕がその時に出ていくのが分かっているのかのように。もしかしたら、未来を――――――。
「ねぇ、何でダメなの?」
彼女に直接聞いてみたこともある。それでも、回答は決まって
「駄目なものは駄目なんです。子供じゃないんですから駄々をこねないで下さい」
だった。
……僕、本当に大丈夫なんだけどなぁ。
「……何でだろうな」
「おにーちゃん、どしたの?」
「ああ、ユイか……いや、何で僕は出ちゃいけないんだろうなと思って」
「んー?」
孤児院で出会った少女に悩みを打ち明けると、彼女は迷うような表情を見せた。
そして。
「おにーちゃんがすきなんじゃないのぉ?」
「えぇ? それはないでしょ」
「そぉかなー?」
「そうだよ、僕は人に好かれるような人間じゃないからね」
◇◇◇
私は彼のことが好きだ。初恋だ。
そう、始めてなのだ。こんな感情を抱いたのは……神以外へ想いを寄せたのは。
「おーい、アリスー? 洗濯物終わったよー!」
「はい、今行きます!」
そう、私は――――――人を愛せなかった。
「今日はいい天気だ、よく乾いているよ」
「それはよかった」
私は、人間ではないのだから。
父は人間の神官、母は聖霊。故に、私は半聖霊。
半分人間ではない。
その変えようのない事実は、この時代において重いハンデとなったのだ。
魔族が人間を蹂躙する世界。その中で人間以外の血が混ざった者は迫害される。たとえそれが、聖霊であっても。
人間と触れ合い、ともに暮らしてきた存在であったとしても。
人は私を恐れ、無意識に遠ざける。私は、それが嫌だった。
孤独が嫌いだ。一人が嫌いだ。大人は嫌いだ。自分が嫌いだ。
だから、認められたかった。
そのために回復魔法を発展させ、聖女の資格を得た。教会の負の面にも目を背けた。
「今日の昼食はお外で頂きましょうか」
「いい考えだ。外の光も大切だからね」
「…………それ、農作物のこと考えてません?」
「あ、バレた?」
「分かりますよそりゃ」
私には人の心が読める。この力を使って、人に好かれる行動をしてきた。
この力で、人の醜い面も沢山見てきた。
でも、この人の心は純粋だった。
子供のように白くて、眩しくて……一点の曇りもない魂。聖女と呼ばれる私から見ても、聖者と呼べる人間。
それが、ライト・フォートという人間だ。
「いただきま――――――」
『やーっとミツケタァ』
その時は突然に。
『セイジョとユウシャ、コロス。魔王さまの、オネガイ』
「魔族……⁉」
ここ、聖都において魔族が出現したことはなかった。
城壁を守る神官たちが常に守護者として立ち塞がっていたからだ。だが、その者はゆらりと現れた。
『オレ、魔族。ユーマ』
「そうか、来てしまったか。
――――――勇者、ライト・フォート」
ただそれだけを呟き、彼は剣を引き抜いた。
「参る」
『コロス!』
かくして、勇者と魔族の戦いが始まった。
「ファイアボルト!」
『グゥー! イターイ……コレ、イヤ』
「そうかい、なら使わせてもらうよ。ファイアボルト!
みんな、早く逃げて!」
「逃げますよ皆さん!」
私は子供たちと走り出した。後ろにはたった一人、少年が残る。
勇者もただの人間。それが戦えばどうなるか――――――。
「……っ、みんな、走って!」
「ねーちゃんは⁉」
「ライトさんを援護します、私も頑張りますから、みんなも逃げて!」
「わ、わかった!」
「しなないでね!」
「えぇ、そのつもりですが……!」
再度魔族の姿を見ても、その威圧感で押し潰されそうになる。
でも、あの人は戦っている。
「神よ、祝福をここに――――【ヒール】!」
「ありがとう! でも、なるべく離れて!」
「はい! 回復なら任せて下さい……あとは……大地よ、人の想いを発露せよ【グランドパワード】!」
筋力強化。これによって攻撃、防御が高まったはずだ。
それでも、種族的な差は埋まらない。
「ガハッ……⁉」
「ライトさん!」
勇者が重い一撃を受けて吹き飛ぶ。背後の樹木へと衝突し、吐血。
恐らく肺にダメージを負ったのだろう、呼吸の度に苦しそうだ。
「……グランドヒール!」
「――――――ッ‼」
私の力で少年が立ち上がる。
◇◇◇
頭は冴えている。血が抜けて冷静になった……。
魔力は残り九割。体力は残り六割。生命限界まで残り三割。……状況把握完了。
火魔法、ファイアボルトとファイヤーロードの使用可能。
他属性、使用可能。
剣技、記憶再起動完了。訂正、魔剣の使用は不可。集中力の欠如を確認。出血多量により平衡感覚の崩壊を確認。
連続戦闘可能時間、二分。
魔術、使用可能。保存魔力、基準値をクリア。基本形式簡略、魔法式破棄。魔術、起動開始。
「行くぞ」
『シネ!』
「ファイヤーロード」
地面に炎を走らせる。その道筋は真っ直ぐ魔族を目指す。
頼む、届いてくれ。
『アブね!』
「ばーか」
無論、追尾術式は機能している。
『あっつ。ひ、きらい』
「隙だらけ」
『ウ、ソ?』
一閃。魔力の斬撃が魔族の肉体を二つに分けた。
魔術、【閃】、それは僕が生み出した技。魔法のように術式を介して世界を改変するのではなく、魔力そのものを変形させ直撃攻撃するもの。それが僕の【魔術】だ。
「…………すごい」
◇◇◇
「のぉーありすちゃん。
いい加減ワシの嫁にならんか。地位も名誉も思うが儘ぞ?」
「結構です」
ああ、どうして。
「すいません」
みんな私の身体を狙う。それなのに。
「ごめん。好きな人いるんだ」
貴方は振り向いてくれないのですか?
貴方が言ってくれた言葉、覚えていますか?
私を救ってくれた言葉。
いつものように性的な目で見られ、森で泣いていた時。
貴方は。
「…………どうして、私は求められるのだろう……私は、人形になりたいんじゃない……!」
「――――――止まったなら、下を向け」
「…………止まってたら、進めないじゃないですか。神は意味と、前進を望みます……!」
「意味というのは後から付いてくるもの。誰もが人生に意味を求める為に、生きているんだから」
意味の為に、生きている。探すために、生きている?
「それでもっ、神は、天から……」
「下には何がある? 地面だ。そこに歩く道はもうあるんだから、進もうよ。
それに、下を向いたら……自分しか見えなくなるんだ。向き合うのさ、自分で納得するまで、いつまでも」
納得する……私が、自分に向き合う。
地面――――――、そこは、人の生きる場所。
「神は天にしかいないのかもしれない、それでも。それでも今、君が生きているのはこの大地であり、この世界なんだ。歩こう、後悔がないように」
そうだ、一番強いのは空を見た者ではない。
下を向き、己に向き合い、最後まで地面を踏みしめた者だ。
「この世界には、無限の希望が満ちているよ!」
もうすでに、幕は上がっている。
そう、神様に与えられるモノではない。
私たち人間が、自分の手で創っていく物語が。
「僕も、何度だって立ち上がってみせる!」
次回、王女。




