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シミュラクル!〜サブ垢に転生した俺は何度でも『強くてニューゲーム』する〜  作者: 雨咲 しゆみ


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89/89

#89.誇りと名誉の為に

 ◇◇◇


 城壁の影を縫い、瓦礫に足音を吸わせるように滑り寄る。崩れた石積みの継ぎ目には血と煤が黒く固まり、風が運ぶ鉄の匂いが舌の奥にひりついた。俺とキースは一団の先頭に立つセリエへ近づき、低く声を落とす。


「おいセリエ、怪我は──」


 彼女は怪我人に⦅祝福⦆を配りながらも、いちばんに気にかけていたのは俺の安否だったらしい。振り返った瞳に、安堵が跳ねる。


「フィン! よかった! 貴方こそ大丈夫でしたの!?」


「……してないみたいだな。それより声を落とせ。奴はまだ近くにいるんだぞ」


「でもッ! いえ……、すみません」


「いい。まずは少し移動するぞ」


 名残惜しげに唇を噛んだセリエは、すぐに頷いて指示を回す。俺たちは叫びの方角から外へ外へと離れ、ひしゃげた柵と土嚢の陰に身を沈めた。夜風が白い煙幕を引きちぎり、月の薄光を細く滲ませる。


 そこで俺は、これまでの経緯を簡潔に伝える。


 黒門の“呪い”、ミルダを殺した獣人の正体がガレフであること、キースでさえ刃を届かせられなかったこと、そして元に戻す術はないが弱らせる策はあること──。


 一方、セリエはミルダの壮絶な最期を目の当たりにして一度意識を落としたという。学園の模擬とは違う、人が生きたまま噛み千切られる現実。無理もない。


◇◇◇


「……という訳だ。じゃあこれからの作戦だが、ひとまず騎士団の生存者探しはここまでだ」


 言い切る前に、遠くでまた悲鳴が裂けた。肺の奥がきしむ。セリエは肩を震わせ、それでも反駁を飲み込めずに言葉を重ねる。


「……ですが、彼等はまだ戦っています。それはつまり、怪我をしている騎士団の方々をこのまま見捨てよと?」


「ああ。俺が言うのも何だが、今の数の上積みは戦力としては当てにならない。これ以上は意味がない」


「……それはッ! 少々“義”に欠けるのでは? 先程だって、叫び声から遠ざかるように……私は、まだ生きている方々を見捨てたくはありません」


 声量は抑えても、熱は抑え切れない。責務に真っ直ぐなところは長所だが、血が上ると視野が狭まるのが彼女の癖だ。


「頭を冷やすんだセリエ。騎士は覚悟してる。死ぬことも、職務のうちだ」


「それは……確かに、そうかもしれませんけどッ……!」


 なおも言い募ろうとするのを、俺は掌を軽く立てて制し、都市の灯の方向を顎で示す。


「まず救うべきは覚悟を持たない人間だ。俺は騎士を見捨てると言ってない。言い方を変えよう──“できるだけ多くを助ける”。気持ちは同じだ。違うか?」


 喉元まで上がっていた反論が、そこでほどける。セリエは悔しそうに、しかしはっきりと首を縦に振った。


「す、すみませんでした……」


「いいさ。わかってくれれば」


 短く笑みを返す。もし彼女が戦意を失っていたなら、俺は迷わずミレッタを探して⦅転移⦆で離脱しただろう。それが最も生存率の高い選択だ。だが今それをすれば、セリエの信頼に深い影を落とす。影は“魂の記憶”として、次の周回にも尾を引く。ここは、彼女の想いに賭ける。


 後ろで様子を見ていたキースが、頭を押さえて苦笑している。俺が先ほどまで逃げる腹づもりだったのを、おそらく察しているのだろう。

 (言わないが、顔に出てますよフィン君──)とでも言いたげに。


◇◇◇


「皆、よく聞け。ここからは二人一組で別れて都市へ向かう。一人でも多く辿り着き、住民の避難を最優先だ」


 集められた騎士は三十に満たない。だが、ここまで生き残った運と胆力の持ち主たちでもある。キースの声は落ち着いていた。煙幕の向こうで、崩れた楼門の残火がぱちぱちと音を立てる。


「敵は単独──だが、不意打ちとはいえミルダを瞬殺した。大隊長クラスでも敵わない。ペアを組むのは助け合うためではない。一人が倒れたら、もう一人は必ず叫べ。居場所を知らせろ。私とセリエ殿、そしてフィン君が討伐に向かう」


 唾を飲む気配が、白い煙の中で小さく弾けた。


「フィン君、セリエさん。秘策は“掛けてからが本番”です。それまでは、私とセリエさんで奴の注意を引きつける。フィン君は最初に見つからないことだけに集中してください」


 先に仕込んだ⦅煙幕符⦆が時限で再び濃く立ち込め、視界は乳白色に沈む。位置も動線も見えない──が、奇襲には好機だ。


「分かった」


 俺は短く応じ、呼吸を整える。


「最後に、敵の正体についてだが……」


 キースは逡巡した。真実を告げれば、父の名誉を裂くことになる。だが死地に向かう仲間には、何と戦うかを知る権利がある。喉が固くなる。言葉が出ない。


「敵は……」


 ざわめく空気。皆が顔を上げた、その刹那──。


「敵は、騎士団長ガレフを殺した」


 俺はそっとキースの肩に手を置き、続きを引き取った。驚愕の視線が一斉に集まる。


「傷ついた“友人”に代わって、ここからは俺が話そう」


「ちょ……フィン君……」


 抗議しかけた肩に、指で静止の合図。俺は煙の奥へ向け、低く通る声で続ける。


「俺たちの敵は“死霊術師”だ。戦いに紛れて団長を殺し、その身体を“獣”へ堕とし、あまつさえ、我々に牙を向けさせている。いま、団長の高潔な精神とは無関係に、同胞が同胞を喰う惨禍が進行している。こんな酷いことがあっていいはずがない」


 言葉に熱が乗る。焚き火の残り火が、騎士たちの瞳に細い光を落とした。


「団長は亡くなられた。だが“魂”はまだ肉体に囚われている。このまま同胞殺しを重ねさせれば、朽ちることも天にも昇ることもできぬ“アンデッド”へ堕ちる。非道を、許すな」


 拳が自然に握られる音が重なっていく。


「これを黙認すれば、君らは義と忠誠を守り抜いた男の名誉も守れぬ、ただの犬と呼ばれるだろう。そんな屈辱を、受け入れられるはずがない」


 ひとり、またひとりとうなずく。胸の底が熱で膨らむのが見える。


「必ず阻止する。我々の手で、団長の魂を解放する。気高き“獅子”たちよ、どうか友──キースに力を貸してくれ」


 雄叫びが喉までこみ上げた、その瞬間。


「待て。すまないが、いま“大声”は遠慮してもらいたい」


 絶妙の間合いで静止を差す。上がりかけた拳が、やり場なくふらりと下りた。


「「「お、おおう」」」


 気の抜けた返事に、張り詰めた空気がわずかに緩む。(本当に、間を読むのが上手い)と、キースは内心で苦笑した。嘘と真実を織り交ぜた俺の説明で、父の名誉は守られた。いや──これから皆で守るのだ。


「ありがとう、皆」


 自然と感謝がこぼれる。騎士たちの目に、信頼と覚悟が灯った。


「この城塞都市(フィリス)のために。そして我が騎士団の誇りと名誉のために、死力を尽くせ。……作戦を開始する」


 白煙が、夜の冷たさを抱いて流れる。静かに、しかし熱を帯びて、最後のフィリス防衛作戦が動き出した。

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