#84.核を穿つ
◇◇【Side:ミルダ】城壁外──
「小癪な……そんなオモチャで私と遊ぼうなんて。いいわ、上等よ。手足を捥いで、生きたまま腹わたを喰らってあげる!」
二度も不意打ちを食らったベルゼビュートが、苛立ちを隠さず吐き捨てる。砕けた腕はメキメキと音を立てて再生し、鎧の罅もみるみる埋まっていく。
(ちっ、こりゃ確かに相性が悪いね……)
汗が頬を伝う。ミョルニルは“一撃必殺”──それを易々と再生されると、どうしても手数負けする。キースは時間稼ぎと言ったが、並の芸当じゃない。
「はっ、再生は大したもんだが──腕力はそこまででもない。それに……ここが甘いかい?」
こめかみをトントン叩き、ミョルニルの頭で指し示す。
(とにかく隙だ。あのデカい鎌、起こしさえ引き出せば必ずほつれる)
「……言わせておけば! 調子に乗るんじゃないよ、メスゴリラ!」
挑発に乗って大鎌が唸る。ミルダは縦横に振るわれる刃に戦鎚の腹と縁を噛ませ、滑らせ、受け流す。
◇◇
数十合切り結び、二人は一度距離を取った。
決定打はまだない。だが、浅い裂傷がミルダの鎧に増え始めている。
「なるほど、得物の扱いは中々やるじゃないか」
素直に舌を巻く。
大鎌や斧のように先端が重い武器は、掠めただけでも大きなダメージを与えられる反面、振り出しに“溜め”が要る。だから軌道は読まれやすい──のが普通だ。
だがベルゼビュートは刃を自分の身体に這わせるように滑走軌道で振り回し、起こしを短縮してくる。見切りづらく、手数も伸びる。
一方ミルダの魔導戦鎚は投擲と打撃の切替に優れるが、身体に纏って捌くには柄がわずかに短い。一撃の破壊力は甚大でも、連打勝負では分が悪い。
「あらあら、さっきまでの威勢はどこへ行ったの? 動きはもう読めたわ。そろそろ何か斬り飛ばせそうね。……くすっ、痛みに歪む顔が早く見たいわ」
赤褐色の仮面が醜悪に笑う。
「ミルダ! 無事か!」
壁上で指揮していたキースたちが到着した。フィン、セリエ、そして師匠も揃っている。
「ああ、何とかね。だけど、動きは見切られかけてる。長くは持たない。……怪我人は?」
「お陰さまでスライムは大半片付きました。最大個体の処理待ち。第二大隊は被害甚大ですが生存者は多い」
「そりゃ良かった。じゃあ残りはコイツってわけだ。──踏ん張るよ!」
「ええ。二人がかりなら通せます」
戦況は整ってきた。だが、目の前の魔王級が最も厄介なのは変わらない。
二人は武器を構え、最後の強敵と対峙する。
「へえ、騎士様ともあろう方々が、か弱い女性を囲むの? がっかりだわぁ」
大げさに肩を落とすベルゼビュート。
「黙れ、魔族! 弱きを守るために剣を取った。ここで終わりだ」
キースの魔導鎧から蒸気が噴き、騎士剣が抜かれる。
「はっ! かかってらっしゃい。雑魚が何人いようと同じことよ!」
ベルゼビュートの身が赤いオーラに包まれる──加速。同時に、キースとミルダが一気に間合いを詰めた。
「おらぁ!」
ミルダが大振りに見せて遠心を作り、投げに繋ぐ。だが刃先は空を裂く。
「ほらほら! 無駄よ。止まって見えるわぁ!」
踏み込みざまの膝がミルダの腹に刺さる。さらに体術を織り込んだ縦横の鎌が襲う。
苦鳴とともに一歩退くミルダ──その刹那の追撃を、キースの剣が滑り込みで受け止めた。
「させるか!」
弾いた返しの斬撃も、ベルゼビュートは不可能角の反りで躱す。
「いいわねぇ! もっと楽しませて!」
狂喜が笑みに滲む。
「望むところだ。行くぞ、ミルダ!」
「おう!」
三者の攻防はさらに加速した。
◇◇◇【Side:フィン】
剣閃が絡み、鎚と鎌が火花を散らす。
キースとミルダは挟撃で攻めるが、核へは一太刀も届かない。
左半身を常に隠す立ち回り──さすが万魔殿の魔王。
「まだですの、フィン!? そろそろ私たちも──」
セリエが不安げに問う。俺は小さく首を振った。
「まだだ。あと少し……」
今の俺たちでは速度帯が足りない。連携を崩すだけだ。
訓練よりも二人のテンポも連動も一段上。付け焼刃は逆効果。
「くっ……!」
鎌がミルダの鎧に浅い溝を刻む。
「ミルダ! この──」
キースの剣が返るも、ベルゼビュートは海老反りで躱し、蹴りを叩き込む。「ぐっ!」
「これで終わり!」
大鎌が振り上がった瞬間──
「いま、⦅感覚攪乱⦆⦅重心偏差符⦆」
俺は片腕を伸ばす。赤のオーラが霧散した。大鎌の位相が一瞬ぶれ、刃は空を切る。
「ふん! 今さら支援? 遅いのよ!」
吐き捨てて俺から視線を外す──その一瞬が欲しかった。
「……“頃合い”さ」
俺は続けて味方側へ手を翳し、セリエも加護を重ねる。
「《加速》《治癒》!」「⦅祝福⦆」
薄金色のヴェールが二人を包み、傷が塞がり、足取りが一段跳ねる。
「ああ!? 何よあんた達!」
「⦅盲目⦆⦅減速⦆⦅重⦆」
視界を奪い、行動速度を落とし、重さを上乗せする。青のオーラがべたりと貼り付いた。
ベルゼビュートの逆鱗が震えた。
「気持ち悪い小僧が……! まずはお前から──」
視線が一瞬だけ俺に流れる。
直後──
「こうも上手くいくとはな」
キースの低い声が、奴の耳を打った。
「なにっ!」
左脇腹──いや、全身を激痛が駆け抜ける。
キースの騎士剣は、“核”を穿っていた。




