#83.閑話──“魔導戦士” とその “師匠”
◇◇◇【Side:ミルダ】回想──
あたしは“魔導戦士”だ。
──そう胸を張って言えるようになるまで、ちょっとばかし遠回りをした。
いまは学園都市を首席で卒業したキースのパートナーとしてこの城塞都市に来て、若くして大隊長の椅子に座ってる。けど、あたしの半生は決して順風満帆なんかじゃなかった。
“魔導戦士”は、本来近接もできる魔法使いだ。あたしも魔法使いの一族の娘として生まれた。幼い頃に初めて資質を測られた時──両親は目を丸くした。魔力総量が大人の魔法使いの二倍近くあったからだ。
当然、両親は期待した。火・水・風・土、雷、光、闇……ありとあらゆる属性を仕込まれた。けれど、あたしはひとつも“出せなかった”。なぜか? ──生まれつき魔力の出力回路が備わっていなかったからだ。
皮膚の下、骨の髄、臓腑の奥で魔力がぶくぶく泡立つのに、外へ出す弁がない。だから、あたしは自分の器を育てるしかなかった。溢れる魔力を受け止めるために筋肉を鍛え、骨を太らせ、呼吸を整え、心拍を制御する。……でも、それは“魔法”じゃない。周りは使える連中ばかりだ。
やがて一族の心ない連中が陰でこう呼んだ──「無能者」。
両親はそれでもあたしを愛してくれた。けれど、夜更けに肩を寄せ合って泣く二人を何度も見て、胸の奥が焼け焦げた。
そんな頃だ。“黄金の林檎”の噂を聞いたのは。
一口齧ればどんな願いも叶うという伝説の果実。ある一族が隠しているらしい──あたしが十四の頃。もし本当なら、この呪いみたいな体質を変えられるかもしれない。
だから、書き置きだけ残して家を出た。誰も場所を知らないという“エルフの里”を探しに。
“師匠”に出会ったのは、その旅の途中だ。
大きな帽子に黒いローブ、昼を染める夜みたいな髪。自らを“大魔女”と称する女。嘘か誠か、千年も生きているらしい。
「エルフの里を探してんだ。あんた、その場所を知らないかい?」
女は柔らかく微笑むばかりで答えない。
「あらあら、可愛らしい“魔女”さんね。貴女ほど高い魔力を持った子、私以外で初めて見たわ」
女──ミレッタはそう言った。
革鎧に戦鎚の出で立ちで“戦士”づらのあたしが、“魔女”なんて呼ばれるとは思わなかった。
「あたしをアンタの弟子にしてくれ! あたしは、自分の身体を治したいんだ!」
気がつけば懇願していた。ミレッタは頷く。
「いいわ。ちょうど私も困っていたの。あなたの身体に、私を“治す”ヒントがあるかもしれない」
その日から弟子になった。
つま先から後頭部まで毎日、魔力の流れを測られ、符と導線を貼られ、あらゆる実験に付き合った。季節が一巡したころ、師匠はついに言った。
「どうやら貴女には、魔力の出力回路が無いみたいね。じゃあ──これはどうかしら?」
ミレッタに手を取られ、教わった通り詠唱を口にする。刹那、師匠の掌から雷が解き放たれた。
そう、あたしは出せない。けど回せる。媒導すれば力は外へ流れる──はじめて手応えになった。
「その体質は、今は滅んだ古い一族に見られたものだそうよ。覚醒遺伝……かもしれないわね。私の古い知り合いになら、貴女の進むべき道を教えられるかも」
ミレッタに肩を抱かれ、世界が二度反転した。転移だ。
足元には深い苔、頭上には絡む蔦。湿った空気の奥で水脈が脈打つ。光と水と風に満ちているのに、不思議な静寂があった。
後から分かったが、そこが人々の呼ぶ“エルフの里”だ。
「師匠、ここは……」
「“私の答え”はここにはなかった。でも“貴女の答え”は、どうかしらね?」
師匠の指が伸びる。その先には黄金の果実を無数に実らせた大樹。根元の影から若い女の声。
「なんじゃ、ミレッタか」
ぶかぶかのローブを纏った小柄な少女が腰掛けて、ぴくりとも動かない。手には、まさしく“黄金の林檎”。
「久しぶりじゃのう。もっと話をしに来いといつも言うておろう。して、其方は誰じゃ?」
「私のたった一人の弟子よ。この子に予言を」
「ううむ。お主はいつも単刀直入じゃな……」
少女は渋々という風で片目を細め、あたしの額の前に手を差し出す。指先が冷たい星光を帯びた。
「……見える。これは……高い壁。黒き獅子……。そして……いや、これはダメじゃ。されど……うむ」
そこで一度黙り、今度は反対の目を閉じ、また覗き込む。
「……ううむ。其方……いや、此度はこちらではないようだの」
少女は林檎を袖にしまい、言葉を継いだ。
「聞け。中央大陸の南に“学園都市”と呼ばれる街がある。其方はそこである“男”と出会い、己の“運命”を掴むであろう。しかし──」
「しかし、何だよ」
思わず食い下がる。少女は言いにくそうに視線を逸らす。
「“運命”は確かに其方の“願い”を叶えるじゃろう。されど……決断の刻は待ってはくれぬし、それが“決断”だと気づけるとも限らん。……言えるのはそれだけじゃ」
少女はミレッタを見やり、肩をすくめた。
「お主らが出逢ったのもまた“運命”なのじゃろう。わからぬものよの。誰もが望む“永遠”を手に入れたというのに、わざわざそれを手放したいと願うお主の待ち人が、この娘の輪にもおったわ」
「うふふ……そう。この子のところにも“彼”が来るのね」
“彼”。師匠は名を教えなかった。けれど、見たことのない笑顔だった。
「ありがとう、長耳の予言者さん。じゃあ、私たちもう行くわ」
「あ! おい、まだ続きが──」
手短に礼だけ言うと、師匠はあたしの手を引いた。世界がほどけ、編み直され、匂いと色が入れ替わる。
「ははは、あの女はいつも自由じゃの。まるで宵空を翔ける流星じゃ。何時来て何処へ行くのか、わしにも読めん……。じゃが、わしの所にもいずれは……の」
彼方で、少女の微笑がほどけた声がした。それは彼女自身への予言にも聞こえた。
──転移のきしみが消えると、そこは草原。夕焼けの向こうで見知らぬ街が赤く縁取られていた。
「それじゃ、ミルダ。私たちはここで別れましょう」
「え……おい師匠! そりゃ突然すぎるだろ。ここはどこだよ!? さっきの、あの占いに意味があるってのか? それとも、あたしが邪魔になったのか?」
問いを畳み掛けるあたしに、師匠はただ微笑む。
「私は星を渡り、あの娘は星を読む。貴女の星が流れる道が、彼女には見えた。だから、“貴女の答え”は学園都市にあったの」
そう言って、あたしの手をぎゅっと握った。
「いつかまた会えるわ。貴女の行くべき道の先に“あの人”が居るんだもの。そこには必ず私も居る」
「意味がわからねえよ! ……信じてついてきた。やっと身体の謎がわかった。なのに、また振り出しかよ!」
ミレッタは黒と銀が層を成す金属塊を差し出した。“魔導塊”──使用者の魔力に応じて形を変える“未成の魔導武器”。
「導線を 握ってみなさい」
「な、なんだよこれ?」
「いいから、ほら」
「お、おう……」
導線に触れた瞬間、塊は脈動し、あたしの魔力をなだめるみたいに吸い込み、形と重心を組み替えた。やがて手の中に巨大な戦鎚が生まれる。
「な……ッ! 錬成された……?」
驚くほど手に馴染む。握りは掌の線を読み、肩の可動域まで分かった風に収まる。
「試しに振ってみるといいわ」
言われるままに振りかぶる。勝手に魔力が吸い出され、掌に雷が落ちる。刹那、両端から紫の炎が噴き上がった。
「っうわ!」
思わず手を離すが、戦鎚は空に弧を描いて手元へ戻る。背の磁芯が引き返す力を作るのだ。
「それが“魔導武器”。名前をつけてあげないと……そうね、“魔導戦鎚・ミョルニル”──なんて、どうかしら?」
ミレッタは楽しそうに続ける。
「ねぇミルダ。私は貴女の師匠だけれど、自分の行き先だってまだ分からない。貴女をどこへでも連れていけるけど、行き先は、貴女自身の選択よ。あの娘は、貴女の探し物がここにあると言った。私は、それを信じてみてもいいと思う。……でも」
その後が気になって、息を呑む。
「貴女と離れるのは、やっぱり少し寂しいわ」
──わかった。あたしは頷く。数え切れない出会いと別れをくぐってきた人の寂しさだ。これ以上、あたしが甘えるのは違う。
「いままでありがとう、師匠。あたし、此処で探してみるよ。あたしの“運命”ってやつを。……でも、いつかまた会えるんだろ?」
寂しさも不安も、笑い皺のうしろへ押し込む。ミョルニルの重量が、胸を固める。
「ええ、いつかまた。“彼”の下でね」
そうして、あたし達は別れた。星図の別々の線を辿って、やがてどこかでまた交わるその時まで。
草いきれの中、夕陽に向けてミョルニルをひと振り。紫の尾が細く伸び、遠い空に溶けた。
──あたしは歩き出す。学園都市へ。
“無能者”だったあの頃の自分に、いつか胸を張って言ってやるために。これが、あたしの戦い方だって。
◇◇◇




