#81.レイドボス
◇◇◇
(──やっぱり、“美食の女王”か。よりにもよって万魔殿の魔王クラス……)
爆発符を束で叩き込んだ直後に笑って立っていられる相手なんて、ゲーム時代のレイドボスの中でも限られていた。あの配信、何度も巻き戻して見返したのを思い出す。鎌の立ち上がりフレームが妙に短くて、回転からの面制圧が速い。核を割らない限り、どれだけ体力バーを削っても再生が追いつく──そんな化け物だ。
(クソ、無理ゲーの看板みたいなやつを、育成上がりたての今の手札で、か……。でも逃げ道はない。周回を捨てるにしても、ここで情報は取る)
そう腹を括っていると、肩に軽い圧。振り向けば、キースが穏やかな目で立っていた。
「フィン君。倒せなくとも、先程の一撃は見事でした」
「悪い、キースさん。あれが今の俺の最大火力だ。切札は切った。正直、もう俺で役に立てることは……」
本音だった。いまの周回の俺は、⦅付与術⦆と⦅体術⦆のハイブリッド。決定打は札束頼み。だが、キースは首を横に振る。
「十分です。あとは我々騎士団で受け持ちましょう。“黒獅子の咆哮”の名にかけて、ここで終わらせる」
その眼に乗る。俺は深く息を吸って、仕事に戻る。
「まず前提。あいつは生命力が桁違い。並の傷じゃ瞬時に追いつかれる。長引けば長引くほど、こちらが不利。だから短期決戦で“再生不能域”まで叩き込むしかない」
「同感です」キースは即答する。「一点突破で、再生の要を折る」
「そう。“魔族”には“核”がある。そこを傷つけると一気に弱る。俺の感知じゃ、ヤツの核は左脇腹付近──肋の下、刃が巻き込むラインだ。深く斜めに入れないと届かない」
“核” に関する情報はゲーム時代の攻略情報から得たものだったが、正直に言うわけにもいかない。……だから、出所は伏せておく。
キースはじっと俺の眼を覗き込んでいたが、やや間をおいてから頷く。
「ふむ……その眼、どうやら信頼のおける情報のようですね。先程の地下からの襲撃の際も、皆より一瞬早く障壁を発動させていて驚きましたが、あの一瞬でまさかそこまで見抜くとは」
「傷の修復のされ方を見て魔力の流れを辿ったんです。器用貧乏なんでね。あんまり褒めたって、これ以上は何もでませんよ?」
冗談めかして返しながら、俺は同時に手を動かす。セリエとキースに重ね掛け。
──⦅軽⦆⦅鉄膚⦆⦅耐瘴⦆⦅破邪⦆⦅拡感⦆。
掌から糸のような光がほぐれ、二人の鎧の継ぎ目に縫い付く。セリエの大楯が低く唸り、表面の紋が明滅する。
「ありがと、フィン」セリエが微笑む。額に汗、でも目は真っ直ぐだ。
「追加で、アイツには⦅感覚攪乱⦆と⦅重心偏差符⦆を入れる。鎌の回転位相を半拍ずらす用だ。ミルダが受け止めにいく刹那、やつの感覚にひっかき傷をつける」
『聞こえてるよ、フィン』──念話の向こう、ミルダの声は明るいのに、鋭い。「アタシが鎌を押さえて、キースが刺す。分かりやすいね。雷を纏わせて止めにいく。姐さんの拳骨、舐めるなよ?」
ミルダは第三大隊を引き連れ、既に壁下へ走っている。第二大隊の兵を一人でも多く救うためだ。
「頼もしい。だが、我々が到着するまで無茶はしないでほしい」
『ああ、わかった。アタシはあいつを暫く抑えるのに集中する。“ミョルニル”じゃ小器用な狙いは利かないからね』
「可能な限り早く降りる。ミレッタさん。“転移”はまだ発動可能ですか?」
キースが振り向く。ミレッタは少し考えた後、小さく首を振った。
「ごめんなさい。それは難しいわ。転移魔法は時空を歪める。連発すれば時が撓んで、私でも着地点を保証できないの。だから、もう少し待って」
(つまりラッシュ救出を兼ねた不意打ちで使ったリキャストタイムがまだ終わっていない……か。なるほど、そういう仕様ね)
ミレッタの説明に納得していると、キースは微笑んでそれに応える。
「謝らないでください。ゴルドーさんに続き、ラッシュさんまで救ってくれた貴女には感謝しかない。」
彼は続ける。
「私は推進回路を全開。左脇腹へ穿突。ミルダが捻じ伏せた瞬間、肋の隙に⦅穿貫⦆を通す。……フィン君、刻印はできるか?」
「やる。⦅標識⦆置く。赤糸で視線誘導。俺の目と共有する」
腰の符袋をまさぐる。⦅爆裂符⦆は残弾薄。だが⦅煙幕符⦆⦅鎖陣符⦆⦅滑走符⦆⦅封脚符⦆はそこそこ残っている。真贋符がキースの冗句に反応しないのを横目で確かめ、ひとつ頷く。
「それともう一点。ヤツは同族喰い系のオーラで上空を抜いた。飛びは一周遅れて落ちた。つまり視界外から“喰う”手が速い。背後のスライム、残骸もしっぽだ。足場、崩れる前提で」
「了解」キースの声が硬質に締まる。「二手でいきましょう。ミルダは鎌。私が核。セリエ殿は防御線の維持と、いざという時の斬り込み。フィン君は支援と⦅窒息⦆⦅盲目⦆系の短い刹那を重ねる。核に傷を入れたら、総力戦で削り切る」
「了解。もう一つ試したいことがある。“感覚ずらし”だ。⦅盲目⦆と合わせれば効果は絶大。だが、こっちにも相応のリスクはある。乗れますか?」
「……良いでしょう。説明してください」
キースは一拍間をおいてから快諾する。
「“加速”と“減速”です。まずは⦅加速⦆を奴にかける。さっき見た大鎌のキレがさらに一段飛ぶ。やつの感覚が慣れ切るまで十秒。いや、あれほどの手練れならもう少し早いかもしれませんが、十分に時間をかけた方がいい。赤のオーラが消えた瞬間が合図です。⦅盲目⦆と⦅減速⦆を同時掛けします。三人には、追加で⦅加速⦆を」
『つまり、十秒間あの化け物を、しかも“強化されたの”を相手しろってことだな?』
ミルダが被せるように言う。
「はい。危険な任務になります。頼めますか?」
『っは。危険は最初から織り込み済み。それに、フィンは賢い。付き合いは短いが、アタシはあんたを信用してる』
念話の声は温かい。
「ミルダの言う通りです。我々は貴方たちに感謝しています。それに、信頼も」
キースの指にはめた銀の指輪が光る。
自然と、俺たちは拳を突き出して合わせた。ガチリ、と手甲が鳴る。
「わたくしも微力ながら加護を付与させて頂きます。必ず、勝ちましょう」
セリエが大楯に手を添え、短く祈る。城壁上の空気が静まって、聖女の祝福が薄金色のベールとなって俺たちの頬を撫でた。
「……行きましょう」キースが視線をベルゼビュートに結ぶ。「薄い勝ち筋でも、通せば勝ちだ」
「通すさ。通すために、俺がいる」
俺は喉奥で呼吸を一度たたみ直し、指先で空に小さな印を描く。左脇腹──肋の下──そこに赤い細糸が──俺にだけ見える目印として──結ばれた。
こうして、作戦は決まった。
【更新予定】
明日も17:30更新!
【次回】#82『ミルダと魔導戦鎚』
——ベルゼビュートを単身で抑えるミルダ。魔導戦鎚が、いまその真価を発揮する。
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