#71.閉幕──城塞都市トーナメント
◇◇◇大広場・練兵場──
表彰台なんて洒落たものは無い。
黒門正面の石畳に白線が引かれ、審判のコーダが大剣を地へ突き立てると、勝者と敗者が同じ高さで向かい合う。それがこの街のやり方だ。
キースとミルダが一歩、俺とセリエも一歩。互いに礼を取り、手を伸ばす。俺はキースの前腕を掴み上げ、彼は俺の手首を固く取った。皮膚越しに伝わる脈拍は落ち着いて、少しだけ速い。
「いい拍。そしていい連携でしたね」
キースが小声で言う。
「そっちこそ、剣の精密さが鬼。連携も完璧。まだまだ学ばせてもらうよ、先輩」
隣ではセリエとミルダが武器を軽く合わせていた。斧槍の柄とミョルニルの柄尻が“こつん”。
火花は出ない。ただ、木と金属の手応えだけが残る。
「聖女様──!」
スタンド代わりの段差に集まった人々から、“わっ”と今日いちばんの声が上がる。セリエは楯を胸の前に立て、面頬を上げて深く会釈した。
光を受けて金髪がほどける。俺は彼女の大楯の背面に貼った符をそっと撫で、新しい紙に貼り替えておいた結び目を確かめる。糊は乾き、糸は切れていない。
わはは、と腹の底から笑う声が広場の反対から転がってきた。ゴルドーだ。
白い口髭を揺らし、肩を揺らしている。隣のギュスタヴは「冒険者もなかなかやる」とかぶりを振りつつも、口端にだけ笑みを藏した。
セルゲイは無言で顎をほんの僅かに上げ、ラッシュは丁寧に拍手。観衆の波の奥、鉄板のダンが不器用に両手を掲げるのが見えた。ニーナがその肩へ肘を乗せ、三日月刀を背中に回して親指を立てる。
「よし、静粛!」
コーダの声が空気を縛る。
黒門の影が石目の上で濃くなる時刻。ガレフ団長が一歩進み出て、獅子の紋章が刻まれた胸甲の前で両手を広げた。
「これは見世物であり、準備だ。恐れる者は観よ。勇む者も観よ。今日の息を揃え、明日の命を繋ぐ」
その言葉は、開幕の朝に聞いた言葉と同じなのに、今は重みが違って胸へ落ちる。
俺たちは確かに息を揃えた。勝ち負けの先にある“明日”のために。
団長は続ける。
「勝者はキース・マルゼンシュタイン、ミルダ・ヴァレス。敗れた者らも胸を張れ。本番はこれからだ。騎士団は黒門の上、冒険者は街の内。役目は異なれど、目指す結末は一つ──誰ひとり欠けさせぬこと。以上」
短い。けれど充分だった。
閉会の合図が落ちると、広場は一気に解けた。
露店の鍋からは香草と肉の匂い。子どもらが木剣を振り回し、“キース!” “ミル姐!” と叫んでは転がり、母親に耳を引っ張られている。
大人たちは口々に戦いを振り返る。楯が強かっただの、雷が眩しかっただの、付与がずるいだの。
「おーい、相棒!」
頭上から元気な声。ニーナが段差から跳びおり、俺の目の前で猫のように着地した。赤い髪が光を弾く。
「決勝、良い戦いぶりだった。負けたのは悔しいけど、楽しかったね!」
「おかげで汗だくさ」
「ふーん、汗の匂いは狩りの匂い。ね、約束は覚えてる? “あの一撃、ギュスタヴに叩き込む”ってやつ」
ギュスタヴのほうを見る。
彼は目があっただけでそっぽを向いた。皮肉な親指がほんの僅か、腰の位置で立つ。嫌味なのか許しなのか、判断がつかない。
「覚えてるよ」
「あれ、もういいや! 騎士団も、言うだけあって強かったし。それに、冒険者の面子も、あんたと聖女様のお陰で保てた。へへ、本番じゃ騎士団に遅れはとんなよ!」
肩を軽く小突かれていると、鉄板のダンがぎこちなく近寄ってきた。頬を掻き、目を泳がせる。
「……っと、聖女様、その……この前は、悪かったな」
セリエは一拍、彼を見つめ、頷いた。
「もういいのですわ。今日、あなたの声は私に届きましたもの」
ダンは息を吐き、胸を張った。
「今夜も避難誘導の練習、続けるぜ。うちの子分どもも、唄なんて二度と歌わせねえ」
「そう、それが一番の用意よ」
コーダがわりこみ、小さく笑った。
「殴って斬るばかりが強さじゃない。逃がして帰すのも強さだ」
わはは、とゴルドーの笑いが重なる。
「その通りじゃ! 隊長は先頭に立って最後に去る。去らせるのも仕事じゃからの! のう、キー坊──いや、キース!」
「はい」
キースが笑い、俺の肩を軽く叩く。
「では“聖女の護衛”さん、後で少し時間を。黒門の上で呼吸の合わせ方をもう一度。明日は敵ではなく、同じ側ですから」
「了解、先輩」
ミルダがミョルニルを肩に担ぎ直し、セリエへ顎をしゃくる。
「次はもっと触る。今日の楯は良かった。痺れをよく捨てた。……師匠からの伝言は、後でな」
「え、師匠?」
セリエが小さく目を丸くし、そして俺の袖をつまむ。
「フィン、後で“女性関係”についてしっかりお話がありますわ」
「誤解だって」
「誤解は、晴らしてから“誤解”と呼べますのよ?」
逃げ道はない。わかっている。わかっているが、俺は笑って頷いた。
◇◇ 団本部別棟/夕──
人の波がすこし引き、黒門の影が細くなる頃。
俺とセリエは別棟の回廊で風に当たっていた。バルコニーは「危ない」ので今日はやめておく。代わりに石柱の陰、庭の樹々が騒ぐ音を聞く。
「フィン」
名前を呼ばれ、横を見る。大楯は壁に立てかけ、斧槍は布で包んである。セリエは指先を胸元に当て、深い呼吸を一つ。
「今日、あなたと“拍”を合わせて、わかりました。わたくしたち……強くなれていますわね?」
「そりゃあ、俺が付与したからな」
「もう、わたしだって祈りましたわ」
笑いあう。冗談を半分に割って、残りの半分は本音にした。
「……ねえ、“収穫祭”、忘れてないわよね?」
ああ。胸の底が少し痛む。俺の“願い”は別にある。メアリ。しかし、いま俺の隣で風を吸って吐いて、楯を立てるこの少女と約束した明日を、俺は裏切らない。
「忘れてない。生きて、行こう」
「ええ。絶対ですわ」
彼女が差し出した手を、いまは躊躇なく取る。手の平は練習の豆で硬く、指先は少し震えていた。俺も、同じだろう。
庭の向こう、兵舎の屋根を越えて、南の空がわずかに濁って見えた。最初は土埃かと思った。けれど、耳を澄ますと地面のもっと深いところ、地脈に砂がこすれるような低いざわめきが混じっている。遠い“行軍”の音。先遣隊の報告が言っていた速度なら、あと数日。いや、風の具合次第では──。
背後の回廊に、ミルダとキースの靴音。二人とも頭上には何も掲げていない。ただ、視線の高さが同じだ。
「連絡だ」
キースが言う。
「南に約十キロ、砂柱。第四、第五は増し張り。明朝から交代制で黒門上の詰めを一段引き上げる。……セリエ殿、フィン殿、頼りにしています」
「“拍”は合わせてある」
俺は答える。
「あとは磨くだけだ」
ミルダが顎で黒門を示した。
「行くぞ。“見世物”は終わりだ。本番は静かに始まる」
「はい」
回廊を抜けると、黒門は薄い光を帯び、枠の中の闇が深くなる。門の前で団長が立っていた。朝と同じ、いや、朝よりも少しだけ静かな顔で俺たちを迎える。
「息は、揃ったか?」
「はい」
「なら、繋げ」
言葉は短い。けれど充分だ。俺はセリエと目を合わせ、指先で三拍を数えた。一、二、三。
足裏の⦅滑⦆が石を撫で、楯の裏で⦅根⦆が唸る。キースは鞘を二分、ミルダはミョルニルの柄を一握り近く持ち直す。ゴルドーの笑い声はもうない。ギュスタヴの皮肉も、セルゲイの沈黙も、すべて“備え”に変わった。
空の端、濁りが太くなった。誰かが唾を飲む音がやけに大きい。けれど、怖くない。今日、俺たちは息を揃えた。明日、これを命に繋ぐ。
黒門の影が、俺たちの足元で一本に重なる。俺は小さく笑って、言った。
「さあ──始めようか」
【更新予定】
毎日20:00更新!
【次回】#72『襲来』
城塞都市に蟲襲来の報が届く。この街のあらゆる生き物が息を鎮め、その時を待つ──昆蟲大戦が、始まる。
面白かったらブクマ&★評価、明日からの20:00更新の励みになります!




