#70.決勝──先輩の意地
◇◇◇ 決勝・黒門正面レーン──
黒門の影が、まるで試合の枠線みたいに石畳の上へ濃く落ちていた。審判のコーダが大剣を地に突き、声を張る。
「決勝、入場!」
俺とセリエは同時に一歩、石目と石目の継ぎ目に拍を合わせて踏む。
彼女の大楯に貼った俺の呪符──⦅根⦆が低く唸り、靴裏の⦅滑⦆は音もなく摩擦を最適化。斧槍は槍姿、喉の奥で呼吸をひと拍分だけ溜める。
対面。キースはあの涼しい微笑を端だけ崩し、鞘を親指で二分押し上げる。ミルダはミョルニルの頭で床を“こつ”、魔導鎧の文様が一瞬だけ薄青く灯った。触れれば吠える鎧。近づけば、噛まれる。
観衆のざわめきが“聖女様”の合唱に変わる。セリエは面頬の下で柔らかく微笑み、俺にだけ聞こえるように囁く。
「フィン、いきますわ」
「ああ、一拍目は任せろ」
コーダの腕が落ちた。「始め!」
── 一拍目。俺はセリエの踵と大楯に⦅重⦆を二重に噛ませ、肩甲の可動へ⦅軽⦆を載せる。“重いのに軽い”。楯が台座になり、斧槍は羽根になる。セリエが合わせるように聖句を唱え、⦅祝福⦆の光が俺たちを包んだ。
まずはセリエが楯を開き、正面へ一歩。聖女の顔で迎えに行く。
「前へ、半身」
「了解」
キースの短い号令でミルダが斜角に跳ぶ。風や炎みたいな――派手な線はない。ただ、触るためだけに最短で入る脚だ。ミョルニルの角がセリエの楯縁に触れる。
ぱちん、青白い雷が縁を走る。だがセリエの楯裏、俺の⦅根⦆が地へ逃がす。火花は舞い、腕は痺れるが、折れない。
「いい戦士だな。闘るたび腕が上がってる」
ミルダが口角だけ上げた。戦闘口調はやはりオラオラ寄りだ。
「右肩、浅く」
キースが俺の付与線を見ている。セリエの肩甲に載せた⦅軽⦆を狙って、鞘の面でトンと叩く。俺の付与は面に弱い。符は切られず、消される。セリエの肩が一瞬重くなり、斧槍の刃先が半寸だけ落ちた。そこへミルダの柄が絡む。殺しに来ない。崩すためだけの接触。
(見てるな、キース──俺の“拍”を)
ならば“線”を別に用意する。
俺は床、黒門レーンの三つの石目に薄い⦅遅爆⦆を置く。点火条件は“二度目の接触”。一度触れても爆ぜない。二度目に、ささやく。
「セリエ、三歩目で右斜、楯は高く」
「はい!」
聖女が楯を掲げる。そこへ観衆の拍手が拍をくれる。キースの目がわずかに俺へ滑る。読んでいる。なら、読ませる。
ミルダがふたたび楯縁へタッチ── 一度目。斜に出て、床石を踏み替える── 二度目。ぱん、足元で遅い雷のような圧が弾け、ミョルニルの柄がしなった。爆圧は面で押し、吹き飛ばすのではなく姿勢だけを奪う。
「っ……いい度胸!」
ミルダが笑い、着地と同時に床へミョルニルの頭を置く。置いた瞬間、雷鎖が床目を走り、俺の付与糸に絡む。
(まずい──)
付与は糸だ。糸に雷が入ると、節からほどける。俺は即座に糸を切断、セリエとの⦅連結⦆を一度落とす。セリエは独力で楯を立て、前へ。
「おお、聖女様──!」
観客の祈りが声になる。まだ聖女として覚醒したばかりだというのに、彼女は祈りを鼓舞に変える天才だ。楯を軸に体を回し、斧槍の槍姿でキースの肘へ刺す──寸止め。キースは面で受ける。鞘と柄で二点、関節を殺し、刃は抜かない。礼と実利を両立するいやらしさ。
「セリエ、肩甲戻す」
「了解!」
俺は落とした⦅軽⦆を別径路で再装填。肩甲からではなく脇紐の結び目に付与して、肩へ回す。ミルダの“触れて消す”をすり抜ける遠回りの軽さ。セリエの刃先が再び浮く。
ミルダが一拍、俺を見る。
「……付与、器用だな」
「そっちこそ、触るのが速い」
次のテンポ。キースがミルダの前へ半歩。
「交代です」
位置が入れ替わる。キースが前、ミルダが横。
この形になると厄介だ。キースは線を作らない。俺たちの線を面で潰し、“触りたい”ミルダのための時間を作る。
「セリエ、俺に連結戻して」
「ええっ──はい!」
俺は⦅連結⦆を戻す。心拍を共有。視界の縁でセリエの重心が見える。二人で一枚の生き物になり、楯と斧、符と手が同じ拍で動く。
攻勢。セリエの楯が面で押し、俺の⦅重⦆がたわみを吸う。斧槍がキースの喉元に線を引く。彼は面で落とす。二点、三点。セリエの刃が止まり、ミルダの柄が楯縁に触れ──しびれが走る。俺は⦅根⦆で地へ逃がす。
(届く、届くぞ。もう半拍──)
「連結、切る」
キースの声が俺たちの中に差し込んだ。次の瞬間、セリエの足元、ミルダの指先が楯の革紐へ“ちょん”と触れる。そこに俺の⦅連結⦆の結び目があった。雷が糸へ乗り、俺とセリエの拍を一瞬だけ“ずらす”。
(やられた──拍を見られて、結び目を突かれた)
セリエの楯が半寸遅れ、俺の⦅軽⦆が半寸早い。
わずかなズレが隙を作る。キースの鞘が俺の籠手の付与札を面ではじき、符がぱらりと剥がれた。ミルダのミョルニルがセリエの斧槍の柄を下から支え、てこの原理で刃先を上へ持っていく。刃は宙を切り、軸が殺される。
「──ここまで」
冷たい鉄の気配が喉に触れる寸前で止まった。
キースの剣尖は寸で止まり、ミルダのミョルニルは俺の斧槍……ではなく、セリエの斧槍の柄尻にそっと置かれている。殺さない勝ち方。
完璧な“先輩の意地”。
コーダが大剣を横に払う。「勝者──キース × ミルダ!」
歓声が黒門に跳ね返り、頭上で輪になる。セリエはひと息、面頬を上げて俺を見る。緑の瞳が悔しさと、どこか安堵の色で揺れた。
「……あーあ。負けちゃいました」
キースが剣を納め、肩を竦める。
「これでも先輩の意地がありますからね」
「余裕でした?」俺は意地悪く聞く。
「ええ、もちろん」「……へえ」
俺の指先の真贋符が赤く瞬いた。嘘。
キースは目だけで笑って、耳元へ低く。
「それは野暮でしょう」
俺は彼の手首を掴み、高く掲げる。観衆がどっと湧いた。黒獅子の旗が揺れ、聖女の名を呼ぶ声と、騎士団の名を讃える声が絡み合い、秋の空にほどけていく。
セリエが楯でこつと俺の肩を突く。
「でも、楽しかったですわ」
「ああ。次は“本番”だ。拍はもう合ってる」
黒門の影は少し短くなり、風が“明日”の匂いを運んできた。俺たちは楯と斧槍を担ぎ、壇を降りる。今日の息を揃えた。あとは、明日の命を繋ぐだけだ。
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【次回】#71『閉幕——城塞都市トーナメント』
トーナメントは終わり、戦士たちはそれぞれの持ち場に帰る——息は揃った。あとはその時を待つだけ。
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